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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
501/959

蒼天の雲~48~

 夷西藩に入るとすぐに項泰軍は少洪覇軍を発見した。すでに先着していて迎撃の陣を張っているようである。少家の軍旗だけではなく、尊家の軍旗もわずかながらあり、項泰軍将兵を少ながらず動揺させた。

 『少洪覇は主上と戦い続け生き残った唯一の存在だ。それに戦上手の尊夏燐様が加わったとなれば侮りがたい』

 『敵になったとはいえ、夏燐様に刃を向けるなんて……』

 その動揺を項泰は明敏に察していた。そして配下の将兵が主将たる自分に対してそれほど軍事的才能を期待していないというのも知っていた。

 「少洪覇や尊夏燐などに何を恐れる!数は我らの方が上。一気に攻め潰せ!」

 項泰は兵数の多さを頼りに、速攻で圧し潰そうとした。特に尊夏燐の存在は目障りであり、全軍の矛先を尊夏燐の軍旗がある方に向けた。だが、それこそが少洪覇と尊夏燐が仕掛けた罠であった。


 項泰軍が猛然と尊家の旗印がある方向に向かっていくのを尊夏燐は少洪覇の本陣で眺めていた。

 「ふん。項泰め、単純な奴だ」

 項泰が向かっている方向には単に軍旗が立てられているだけで無人であった。項泰が自分を目障りに思って猪突してくる。まさに事前に予想した通りの展開になっていた。

 「赤崔心は冷静だな」

 尊夏燐の隣に立つ少洪覇は、ほぼ動きを見せていない赤崔心軍を遠望していた。

 「項泰と赤崔心が上手く連携できるはずがない。予定通りだ。では、私達も出撃しよう」

 尊夏燐は少洪覇の手を握った。少洪覇は微笑みながら尊夏燐の手を握り返した。

 「俺が赤崔心を牽制する。夏燐は思う存分恨みを晴らしてくるがいい」

 「おう!」

 尊夏燐は馬上の人となり、千名の兵士を連れて、出撃していった。


 尊家の軍旗に向かった項泰は、馬防策が見える距離になって異変に気が付いた。

 『妙に静かだ……』

 この位の距離になれば好戦的な尊夏燐なら出撃してくるはずである。しかし、軍旗が棚引いているだけで、鎧姿の兵士達は微動だいにしない。

 まさかと思い威力偵察を出すことにした。それでも敵が出撃してくる様子はなかった。それどころか威力偵察を行った兵士が驚くべき報告をもたらした。

 「敵陣は無人です。陣の前に鎧を着た人形が並んでいるだけで」

 「はめられた!」

 項泰が叫び唇をかんだ時であった。後方から喊声があがった。

 「敵襲!」

 「くそっ!姑息な真似をする敵は所詮小勢だ。落ち着いて押し返せ!」

 戦下手な項泰であったが、ここで撤退するという選択肢はなかった。敗走すれば赤崔心などにも笑われるし、何よりも尊夏燐に負けるわけにはいかなかった。


 激戦となった。奇襲を受けたとはいえ、数の上では項泰軍の方が多い。態勢を整えると、じりじりと尊夏燐軍を押し始めた。

 しかし、尊夏燐にも強い気持ちがあった。

 「私を謀略で追い落とし、兄上との仲を裂いた奴を許しておけるものか!」

 尊夏燐は自分を叱咤するように檄を飛ばした。押され始めて尊夏燐軍は彼女の精神が乗り移ったかのように奮戦し、執拗に攻撃を続けた。

 日没の刻限になり、その日の戦闘が終了かという頃になっても、尊夏燐軍は猛攻をやめなかった。ついに項泰は悲鳴を上げた。

 「これはかなわん!」

 幸いにして近くには敵が構築した馬防柵の防御物がある。そこに逃げ込み、一夜を過ごそうと判断し、撤退を開始した。それこそ尊夏燐が待ちになっていた瞬間であった。

 「しめた!旗を振れ!」

 項泰軍が無人の陣に逃げ込もうとしていると見た尊夏燐は黒旗を振らした。それを合図に無人の陣の周辺に潜んでいた弓兵が項泰軍に対して矢の雨を降らした。

 「な、なんだと!これも罠だというのか!」

 それが項泰の最後の言葉となった。矢が項泰の乗る馬に刺さり、馬が暴れて項泰を振り落とした。項泰は味方の将兵が矢の雨に倒れていく光景を落下しながら見ることになった。頭から落下し、首の骨を折って即死した項泰の亡骸は敗走する味方に回収されることなく、後日尊夏燐軍によって収容され、首実験の後、坂淵において晒されることになるのであった。


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