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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
50/959

黄昏の泉~50~

 相季瑞は古沃を目指した。その兵力は三百五十名。そのうち半分以上は、相蓮子から借りた兵である。それら兵士達の耳目が相蓮子そのもののであるかのように思え、相季瑞は焦りを覚えた。

 『古沃を奪還せねば……。蓮子が見ている』

 もし相季瑞が古沃奪還に失敗すれば、相蓮子は嘲笑し、相季瑞はその立場を失うであろう。太子候補から除外されるのはまだいいが、相家が支配する泉国から放逐されれば、相季瑞は生きていくことすらできない。自分でそのことが分かるからこそ、相季瑞はなんとしてでも古沃を奪還せねばならなかった。

 古沃まであと三舎という距離まで来た時、相季瑞軍の周辺に騎馬隊の姿がちらちらと散見させるようになった。最初は斥候かと思っていたが、その数は次第に多くなり、矢を射掛けてくることもあった。

 「敵が来ているかもしれません」

 石不が馬を寄せてきた。反乱軍が野外で戦いを仕掛けてくるとは考えていなかったので相季瑞はやや戸惑った。

 「進軍速度を落とし、斥候を出して敵の位置と数を探りつつ、攻撃態勢を取れ」

 相季瑞が出した命令はひどく常識的なものであった、しかし、その常識は甲朱関という異才の計算のうちにあり、足元をすくわれる結果となった。

 相季瑞軍は斥候を出したが、敵の位置は判然としなかった。敵の斥候と思しき騎兵隊すら見つけることができずにいた。

 「広域偵察で、やはり敵は古沃に篭城するつもりなのではないでしょうか?」

 石不が先の意見を改めて進言してきた。それについては相季瑞も異論はなかった。

 「では、今夜はここで野営して、明朝、古沃を目指すぞ」

 相季瑞は全軍に命じた。相季瑞軍は臨戦態勢を解き、野営の準備を始めた。陽が暮れようとしていた。


 夜となり、樹弘軍本隊は野営している相季瑞軍を発見した。

 「全ては軍師の言うとおりですな」

 文可達が大きな体を縮め、草むらに隠れていた。文可達だけではなく、全軍が松明を消し、草むらに隠れて、闇の中に姿を沈めていた。

 「では、文将軍。予定どおりに」

 「はっ!」

 甲朱関が言うと、文可達は剣を抜いた。月光でぎらりと刀身が光った。

 「突撃!」

 文可達が号令すると、潜んでいた兵士達も剣を抜き、声を上げて草むらから飛び出した。樹弘も後に続こうと、神器である泉姫の剣に手をかけた。

 「主上、おやめください」

 樹弘の動作に気がついた景朱麗が手を掴んだ。

 「朱麗さん。僕は兵士達と共にあると決めたんだ。止めないでください」

 「しかし……」

 確かにそれは樹弘が国主となると決めた時に提示した条件であった。しかし、だからと言って臣下としてはそれを間に受けて樹弘の体を危険に晒すわけにはいかなかった。

 「主上。朱麗姉さんの言うとおりです。今回は剣をお納めください」

 「でも……」

 「今回の戦いは我らに勢いがあります。主上が出られるまでもなく我らは勝ちます。逆に主上が出られては、兵士達も玉体のことを気にし、勢いがそがれます」

 甲朱関の言葉に理を感じた樹弘は言葉を失った。

 「主上の兵士達と共にあらんとする態度はご立派でございます。しかし、その行いが時として兵士達に悪影響を与えるということをお考えください」

 「分かった。朱関の言に従おう」

 樹弘は泉姫の剣から手を放した。


 戦いの推移は甲朱関が言ったとおりとなった。完全に油断していた相季瑞は奇襲を仕掛けてきた樹弘軍にされるがままとなり、ろくな抵抗もなく潰走した。

 軍をまとめるべき主将の相季瑞は、奇襲と知るや否や天幕を抜け出して戦場から逃げ出していた。相季瑞という男はこれを最後に歴史上から姿を消すことになった。

 陽が昇り始めた頃には戦場に立っていたのは樹弘軍の将兵ばかりであった。相季瑞軍の兵士達は戦死したか負傷したか逃げ出していた。

 「味方の死者は三名。負傷者は二十五名です」

 景蒼葉が詳報を報告してきた。

 『三名も死んだのか……』

 味方に死者が出ることは覚悟していることであったが、実際に報告されると胸に突き刺さるものがあった。樹弘は静かに黙祷した。

 「死者は敵味方関係なく丁重に葬ってください。あと負傷兵も同様に敵味方の関係なく治療してください」

 樹弘のこの命令が少なからず、敵味方を感動させた。特に逃げ去った相季瑞軍の兵士達の多くがこの話を聞きつけて樹弘軍に投降してきた。樹弘は迷うことなくこれを許した。

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