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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
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黄昏の泉~5~

 「しかし、相房は真主ではない」

 蘆明が老人に反論するように言った。

 「左様。真主は義舜より与えられた神器に認められねばならない」

 当然だと言わんばかりに老人は深く頷いた。義舜は『災厄』を封じた仲間に封土だけではなく、神器も授けている。それは各国に代々伝わり、その神器に認められなければ、たとえ国主の一族であっても国主にはなれなかった。

 「それについても聞いたことがあります。しかし、どうやって認められるのですか?」

 樹弘は素朴な疑問を口にした。老人は苦笑した。

 「それは我ら下々には分からん。そもそも泉国の神器自体、宮殿にはないという」

 「神器こそ真主の証であり、国が興る源なのだ」

 蘆明が口を挟む。彼は仮主も仮国も一切認めない。樹弘には柔軟性のない硬質な思想であると思えた。

 「言葉を返すようだがね、蘆君。私は相房を国主として認めているわけではないが、だからと言って仮国や仮主を否定しない。伯はすでに五十年以上存続しているし、極は新興ながらも内情は安定していて、龍国は圧迫する勢いだ」

 「そうでありましょうが、それを認めては義舜王から続く秩序が崩れてしまいます。それは世の理に反します」

 泉国の将軍であった蘆士会を父に持つ蘆明ならば、そう考えるのも無理からぬことであった。しかし、樹弘には非常に固陋な思想であるように思われた。

 「樹君はどう思うかね?」

 蘆明は急に樹弘に問い掛けてきた。

 「私は……」

 言いかけて樹弘は少し考えた。学のない自分に、老人と蘆明の議論は難しかった。しかし、この世は樹弘のような学のない者の方が多い。国を動かすのは確かに学のある者達かもしれないが、国を成り立たせているのは学のない大勢の民衆ではないか。老人と蘆明の議論にはそこが抜けているように思われた。

 「私は民が住む所にも食べる物にも困らなければ、たとえ天頂に仰ぐのが真主であっても仮主であってもいいと思います」

 樹弘がそう応えると、蘆明はぱっと恥じ入るように顔を赤らめた。自分の思考に民のことが欠落していたことに気付いたのである。

 「ははは。これは樹君の勝ちですな。国において重きを成す者は民草のことを第一に思わねばならない。思わねば、今の相房と同じというわけだ」

 老人は大笑した。学のないという樹弘に言い負かされたことに対する自虐的な笑いであった。蘆明も、これには苦笑いするしかなかった。

 「樹君は大器かも知れんな」

 老人にそう評されて、樹弘は悪い気はしなかった。


 旅は恙無く続いた。洛鵬を出た一行は、南を向きながら西行し、山地を迂回して北上することになる。

 「明日は桃厘で休もう。もう一息だ」

 老人はそういって警護の者達を励ました。彼らは一斉に歓声をあげた。

 「桃厘はそれほど大きな街なのですか?」

 洛影と洛鵬しか天地を知らない樹弘にとっては、桃厘という名前は異国の街に等しい響きがあった。

 「伯との境にある大きな街だ。洛鵬など比べものにならん」

 蘆明もどことなく嬉しそうであった。

 「洛鵬よりも大きい……」

 洛鵬よりも大きな街がこの世にあるなど樹弘には想像もできなかった。

 「まぁ、大きいだけではないがな。楽しみにしているがいい」

 蘆明は意味ありげに口角をあげた。

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