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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~44~

 尊毅軍は抵抗を受けることなく静国との国境を侵した。

 「敵影は見えぬようです」

 斥候からの情報をもたらした項史直が、やや拍子抜けですなと続けた。

 「そうとも限らんぞ。我々を静国の奥深くに誘い込んでいるのかもしれんぞ」

 尊毅も武人として熟練の域にある。敵地において用心することを忘れなかった。

 尊毅は条国の将軍であった頃に幾度となく静国軍と戦ってきた。その経験から静国軍の戦術はおおよそ見当がついていた。

 「静公の戦術は我らを奥深くに誘い込んで包囲殲滅することにある。その戦法で条国の軍隊は苦しめられてきた」

 それならば、と尊毅が打ち出した作戦は、敵の戦術にまんまと嵌ってみせることであった。

 「まずは俺が本軍を率いて敵陣深くに侵入する。静公は待ってましたとばかりにこれを囲もうとするだろう。そこへお前が率いる別動隊が静公の軍隊を背後から襲う」

 尊毅は自分が考えた作戦を項史直に伝えた。

 「よろしいと思いますが、敵の囮となるのは私が引き受けましょう」

 項史直からすれば、国主である尊毅自らが囮となるのはあまりにも危険であるように思われた。万が一、上手く作戦が進まなかったら、尊毅は敵中に孤立し、戦場の露と消えるかもしれなかった。

 「いや、俺がいい。俺という餌だからこそ、静公も食いついてくるのだ」

 この点、尊毅は勇気があった。しかし、項史直からすると国主のそれは蛮勇でしかなかった。

 「主上……」

 「頼むぞ、お前が来てくれなかったら、それこそ俺が死ぬ」

 尊毅は一万の兵を項史直に与え、別動隊とした。自らは残りの兵力を従えて、静国の奥深くへと侵攻していった。

 「尊毅様。国主としてはあまりにも軽率すぎますぞ。もし、私がお助けにあがらなければ、どうなさるおつもりなのですか?」

 項史直は余計なことを考えたと反省した。尊家あっての項家であり、項家あっての尊家ではないか。項史直は尊毅と反対方向に軍をすすめた。


 項史直と別れた尊毅は軍の進路を吉野に定めた。国都を落とすべく進軍すれば、静公もしびれを切らして出てくるであろうし、街道も広く一面平原である。会戦をするには最適であった。

 静国に侵攻して一週間ほど経った。

 「敵影あり。その数、約二万」

 という報告が斥候からもたらされた。

 「ほほう。敵に遭う前に吉野に到着すると思っていたのだがな」

 斥候の報告によると、敵はやはり尊毅軍を包囲せんとして軍を南北に広く展開していた。

 「敵の別動隊がいるかもしれない。項史直が来る前に包囲に蓋をされたら敵わん」

 尊毅はわずかに違和感を覚えていた。これまでの静国軍の包囲作戦は、奥深く入り込んだ敵軍に奇襲を仕掛けるようにして包囲してきた。しかし、今回は堂々とその軍容を見せつけていた。

 『俺が舐められているのか、それとも静公に別の作戦があるのか……』

 多少の不安を感じながらも、敵を目の前にして戦闘準備に入るしかなかった。

 尊毅軍と静国軍は正面から衝突した。尊毅は自軍を密集させ、包囲しようとする静国軍の猛攻を耐えることにした。

 「耐えるだけではなく、隙あれば敵陣を突破するぞ」

 それができれば項史直の来援を待つまでもなく、優位に戦局を進めることができる。しかし、静国軍の攻勢はそれほどのものではなかった。それほど損害が出ることなく、一日が終わった。

 「どうにも歯ごたえがない……」

 夜襲があるのではないか。尊毅は全将兵に警戒させた。しかし夜襲などなく、翌日の静国軍の戦闘も実に緩慢なものがあった。

 『何かあるな……』

 尊毅は敵軍の捕虜を尋問させた。それによって驚くべき事実を知ることになった。

 「静公が病に伏せっているだと!」

 そう聞かされた尊毅は自ら捕虜の下に出向き、詳細を訊いた。静国軍の捕虜によると、静公は数か月前から病で臥せっているという。それだけではない。静公に代わって丞相である比無忌が全権を牛耳っており、それに対して武人達が反発していると言うのである。

 『それならば静国軍の士気があがらず、緩慢としている理由も分かるが……』

 静国は他国以上に間者に対する監視が厳しく、国情についてはほぼ正確な情報を得ることができなかった。それだけに捕虜の話はあまりにも唐突であったが、事実であればこれほど尊毅に利する事態はないだろう。

 「その話は本当であろうな。嘘であったならば命はないぞ」

 「本当でございます。軍を率いてる源慈将軍などは今すぐにもでも吉野に帰って比無忌の首を挙げたいと息巻いておられます」

 「ならば源慈将軍と密かに対面したい。その労を取れ。成功すればお前達捕虜全員の命を助けてやろう」

 尊毅はすでに源慈を味方に引き入れるつもりでいた。この場に項史直がいれば、思い留まらせるか、慎重に熟考するように促しただろうが、そのような助言をする者は今の尊毅の傍にいなかった。

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