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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~39~

 泉国軍に完膚なきまでに叩きのめされた楽清は、相宗如軍の執拗な追撃に晒されながらもなんとか振り切ることができた。しかし、供回りはわずか五十名足らずになっており、彼の周りにはもはや軍隊と呼べる集団は存在していなかった。

 ひとまずは広鳳へ、と南へ南へと思い足を動かしたが、

 『広鳳にかえったところで何になるのか……』

 という思いが楽隋にはあった。泉国軍迎撃のために集めた兵力が今の楽隋のすべてである。そのすべての戦力が雲散霧消してしまった。与力に来た斎国軍も行方が知れなかった。要するに広鳳に帰り着いたところで、泉国軍と戦う戦力など一兵卒もなく、それどころか謀反を起こした挙句、惨めに敗退した国主を広鳳の民衆が受け入れてくれるかどうかも怪しかった。

 『最悪の場合、斎国に亡命する。尊毅に責任を取らせる』

 楽隋はそのことを周囲には漏らさず、自分の心の中だけに潜めていた。それでも広鳳に辿り着くことで何か事態が好転するのではないかという淡い希望は持ち続けていた。

 しかし、広鳳が近づくにつれて希望が絶望に変わった。広鳳はすでに龍国極国の連合軍に占拠されていたのである。当然、その事実が楽隋にとって有益ではないのは明らかであった。

 「やむを得ないが、斎国に亡命しよう」

 楽隋はこの時になって亡命をする意思を示した。供回りの延臣達は意味ありげに顔を見合わせた。彼らは、その夜のうちに主人である楽隋を拘束し、広鳳を占拠している譜天達に降伏を申し入れたのであった。


 楽清を保護した樹弘は、許斗から来援した羽兄弟を迎え、広鳳へと目指した。すでに龍国極国の連合軍から広鳳を占拠している旨の連絡を受けており、もはや遮る者はいなかった。

 「問題は楽清の存在です。これが斎国にでも亡命すれば厄介なことになる。徹底的に捜させて捕らえるんだ」

 まだ楽隋が拘束されたことを知らない樹弘は楽隋を捜させた。楽隋を捕らえ、楽清の手で処分させなければ翼国国内に禍根が残る。もし楽隋が斎国に亡命すれば、いずれ翼国は斎国との戦争へと発展するかもしれない。樹弘としてはそれを避けたい思いがあった。

 だが、それが杞憂であるとすぐに知れた。広鳳にいる譜天より楽隋を捕らえたという報告が寄せられたのである。

 「これで憂うことはなくなった。広鳳へ急ぐとしましょう」

 樹弘は楽清を先頭に立てて、広鳳に入城した。

 広鳳に入ると、楽清を擁した泉国軍は歓呼をもって迎えられた。楽清がそれほど広鳳の民から慕われていた証拠であり、泉国軍の行いが正義と認められた証拠でもあった。

 樹弘達が宮殿に入ると、そこには胡旦と譜天、馬求が待っていた。三人とも樹弘と楽清に対して深く叩頭していた。

 「胡旦!」

 楽清は胡旦の姿を見ると駆け出し、跪いている彼の手を取って立たせた。

 「すまなかった、胡旦。辛い思いをさせた」

 「いえ、それは私の台詞でございます。楽隋如きの謀反を防げず、清様を危険な目に遭わせてしまいました。万死に値する愚行でございます」

 「何を言う。お前がいなければ困る」

 楽清の目は涙で潤んでいた。

 「泉公におかれましては清様と翼国を救っていただきました。臣民を代表して礼を申し上げます」

 感動の主上の再会が終わると、胡旦は樹弘の対して拝手した。

 「よしてください。僕は先代翼公から受けた恩を返しただけです。いや、まだ返しきれていないから」

 樹弘は視線を譜天と馬求に移した。

 「両将軍もお疲れさまでした。両将軍が適切な判断をしたために乱が早く収束しました。龍公と極公によろしくお伝えください」

 樹弘が言葉をかけると譜天と馬求も拝手して敬意を示した。後になって馬求はこの時のことをこう述懐している。

 『泉公は仁と勇を兼ね備えたお方だった。それでいて眩い尊さなどなく、気さくながらも偉大な徳を示すようなお方でした』

 また譜天も

 『泉公が素晴らしくも恐ろしいところは、偉大なことを成し遂げながらもそれを誇らず、自然と他者に譲らんとするところだ。これはまさに中原を覆わんばかりの徳を有した仁者だ。その徳の量は、我が主上も龍公も敵いますまい』

 とこの征旅の帰路において周囲にそう漏らしていた。

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