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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
489/958

蒼天の雲~36~

 泉国軍が劉六の手による精密な計画のもとで動いているのに対し、楽隋軍の動きは何度も記すがまことに粗雑であった。そもそも楽隋には戦場での経験がほとんどなく、楽乗が翼国に帰還した時も、匪賊の如き働きをして、楽宣施を多少困らせた程度の実績しかなかった。そしてさらに不幸なのは、彼の配下に軍事に知悉している者がいないことであった。

 広鳳を出陣した楽隋軍は、まとまりがなくだらだらとした隊列を成して進軍していた。特に殿の斎国軍は見るからに動きが鈍く、本隊から明らかに遅れていた。

 「烏道とやらは何をしている。斎国では尊毅殿のお墨付きの勇将ではないのか。敵影が見えるとはいえ、あまりにも怠惰ではないか」

 流石に焦りと怒りを感じた楽隋は烏道に何度も督促の伝令を送ったが、なしのつぶてであった。

 「もはや烏道なんぞあてにならん」

 いつしか楽隋は伝令を出すのをやめた。そのことで烏道と連絡が途絶えてしまい、楽隋軍を地獄に叩き落とす結果となった。


 密かに北側から楽隋軍の後背に回り込もうとしていた田員は、狙うべき斎国軍が随分と本隊と隔絶されていることに気が付いた。

 「状況を本陣の軍師殿にお知らせしよう。我らはこのまま斎国軍を強襲する。敵が本隊に向けて敗走するように背後から包み込むようにして攻撃する」

 田員は状況を見て判断した。このまま単に斎国軍を敗走させては、劉六の計画どおりに全軍を雪崩のように敗走させることができない。敗残兵を本隊である楽隋軍の方に向けなければならない。そこで田員は三方向から斎国軍を攻め、楽隋軍がある方向だけを開けておくことにした。こうしておけば、斎国軍が敗走する方向を自然と制御することできる。

 「後先考えずに猛然と攻めよ。いずれ斎国軍とはまた戦うことになろう。その時のことを考えて泉国軍強しという印象を与えるのだ」

 泉国軍将兵の質の良さは、戦場に立てば独自で最良の判断を下して行動できることであった。田員は樹弘が決起した時からその陣営に加わり、大小さまざまな戦場に立ってきた。文可達のような猛将ではなかったが、樹弘配下の将軍ではもっとも智勇の均衡が取れていると劉六も評価するほどであった。


 田員からの報告は即座に本陣にいる樹弘と劉六の手元に届けられた。

 「田将軍はまこと有能な将軍というべきでしょう。状況が変化しても、変化に合わせて何をすべきか理解し実践できるだけの見識をお持ちだ。このような将軍は斎国には一人もおりませんでした」

 劉六は手放しで田員を褒めた後、どうすべか樹弘に方針を示した。

 「主上、本軍も敵が崩れるのを待つことなく攻めましょう。敵は斎国軍が襲われていることに気が付いていないようなので、敗走してくる斎国軍と我々の攻撃が合えば、理想的な包囲戦ができます」

 「なるほど。文将軍はどう思いますか?」

 樹弘は文可達の意見を聞いた。さりげなく文可達に意見を言わせることで武人としての彼を立てようとしている。樹弘の人心把握術の妙であった。

 「軍師のご慧眼は甲丞相に勝るとも劣らないでしょう。そういうことでしたら、我らは一気にここで押し出しましょう」

 「では、本陣はこのまま進軍。相将軍は予定通りに」

 樹弘が命令を下すと、文可達は頷き、進軍と大きく叫んだ。


 烏道軍の意気はあがらない。烏道からすれば、翼国への出陣など何の利もなく、ただ国主となった尊毅に命じられ、仕方なく来ただけであった。

 『尊毅如きが国主となって、私に命令するか……』

 烏道からすればそれが腹立たしかった。家柄としては尊家と烏家はそれほど変わらない。それがいつしか烏家が尊家に膝を屈する羽目になってしまった。だが、烏道が従う他なかった。これまでの戦いで裏切りと阿諛追従を続けてきた烏道の斎国での立場は決して良くない。それを挽回するためにも、この戦いで戦果をあげる必要があった。

 そもそも烏道は武人として優秀ではない。今も先を行く楽隋軍をだらだらと追いかけているだけであった。

 『楽隋が国主になるのに力を貸しだのだ。それで十分であろうに』

 烏道からすればそれだけでも十分な戦果であるように思われた。だから泉国との戦争に付き合わせるというのは気乗りしなかった。

 「ま、狙われるのは楽隋だ。奴が勝てばよし、負ければ保護して翼国に逃がしてやればいい」

 烏道はそのように配下に言い聞かせていた。大将である烏道がこの調子であるから配下の将兵の認識も推して図るべしであった。烏道の言葉に左様左様と追従するだけであった。まさか自分達が最初の標的となっていることなど知る由もなかった。

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