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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
487/959

蒼天の雲~34~

 左大将の文可達に率いられた三千名の軍勢は西へと向かった。道中、右大将田員と左中将相宗如に率いられたそれぞれ三千五百名あまりの軍勢が合流し、総勢一万名となった。

 『これだけの大軍をこれほどの速やかに編成させるとは……』

 劉六にとって泉国軍陣中で体験することは驚きの連続であった。斎国であるならば一万名集結するに半月はかかるだろう。

 「よその国では一万名を集結させる時、ひとつの地点を選んで総員を集結させます。しかし、我が国では移動しながら各地から集結させます」

 劉六にそう教えてくれたのは樹弘の傍を守る景弱であった。彼は樹弘の身辺警護を務める一方で、劉六が戦略家として一角の人物であると知ると進んで師事していた。

 『この方は主上の傍にあっては玉体を守り、一軍を指揮してもそつなくこなすだろう』

 劉六は景弱をそのように見ていた。事実として今の景弱は樹弘の直属戦力の指揮も任されていた。

 『十分に一軍の将を務めることができる景弱殿がこの地位にいることが泉国軍の質の良さを物語っている』

 劉六の見るところ将の質だけではない。一兵卒の質も格段に優れていた。進軍する兵卒は無駄話をせず、一糸乱れず規律正しく行軍している。まだ自国の領内なのに、すでに戦場であるかのような緊張感が陣中にあった。

 兵卒について劉六が最も驚かされたのは、その識字率の高さであった。ほぼ全員が文字を解することができた。劉六は泉国で仕事をするようになった時、簡易な怪我の処置を書き記した書状を軍に配布していた。当初は将官用にするつもりであったが、いつの間にか兵卒にまで広がっており、しかも彼らのほとんどが書かれた内容を理解していた。

 『泉国軍の強さは見かけだけのものではない。この兵卒の質の高さこそ、まさに最強というべきなのだろう』

 今回の出陣前、劉六は樹弘の許可をもらい、以前に認め簡単な戦術書を兵卒に配布した。すると多くの兵卒がこれを読み、劉六に質問に来る者も出現するほどであった。

 『末端の兵卒までが将軍の示す戦略戦術を正確に理解して行動できれば、これほど理想的な軍隊はないだろう』

 それはまさに劉六が理想にしている軍隊の姿であった。

 「軍師殿。そろそろ翼国の国境に入るようだが」

 文可達の乗る馬が寄ってきた。まともに馬に乗れない劉六は徒歩であった。

 文可達という将軍もまた泉国軍の中では最高位であるにも関わらず、新参者の劉六に対してひどく丁寧であり、戦略面では全てを任せようとしてくれた。

 「斥候の報告では国境周辺には敵軍の姿は見えないようです。このまま行きましょう」

 「承知」

 文可達は各部隊に伝令兵を派遣した。すでに翼国国内にも広範囲に斥候を出しており、劉六は大まかながらも翼国軍の状況を把握していた。

 その情報を総合すれば、楽隋はまだ迎撃の軍団を組織している様子がない。それどころか羽兄弟が広鳳に拠って反楽隋の兵を集めているらしい。

 「主上、すでに龍公や極公にも凶報は届いておりましょう。ぜひ両公にも出陣を促す使者をお出しください」

 劉六は樹弘に進言した。龍公と極公が出陣すれば、楽隋が相手しなければならない敵は三方に出没することになる。兵力の分断ができるかもしれない。

 「分かりました。そうしましょう」

 樹弘は頷いて、すぐに使者を出した。尤も、劉六の計算では、両公とは広鳳で会うことになるはずであった。


 泉国軍の動きに対して、迎え撃つはずの楽隋の動きはまことに遅い。もともと発作的に謀反を起こしただけにすべてのおいて粗雑であり、重臣である胡旦を捕まえただけで、楽清は逃がしてしまった。

 「なんとしても見つけ出せ!生死は問わん!」

 楽隋は唾を飛ばして命令したが、その行方は一向に知れなかった。そうこうしているうちに楽乗の訃報を各国に伝えに行っていた羽敏、羽綜兄弟が帰国し、許斗で兵を募り始めていた。

 「羽兄弟は楽乗の重臣であり、衆望もある。早々に討たねば禍根となる」

 楽隋は国主としての地位を満喫する間もなく出撃しなければならなかった。楽隋の手元にある戦力は、摂から呼び寄せた私兵と来援した斎国軍のみである。これで三千名程度の戦力になるのだが、どうにも心許なかった。そこで国主の地位を活かして募兵をしたのだが、集まりが非常に悪く、逆に広鳳から逃げ出す将兵もいるほどであった。

 そこへさらなる凶報がもたらされた。泉国軍が侵入してきたのである。

 「泉公め!」

 楽隋は腹立たし気に椅子を蹴った。泉公のことは多少なりとも念頭に置いていた。しかし、泉公は他国に干渉することを嫌うという噂を聞いていたので、すぐに攻め込んでくるとは思っていなかった。

 「泉公に使者を出せ!貴公のやっていることは内政干渉だ。早々に引き上げられよと」

 楽隋は喚きながらも、泉国軍との戦争を優先しなければならなかった。

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