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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
485/963

蒼天の雲~32~

 新しく国主となった尊毅はまこと忙しい。静国との戦争準備を始めねばならなかったし、未だ帰順する姿勢を見せない少洪覇、尊夏燐に対する警戒を怠ることもできなかった。

 この頃の少洪覇達の動きは静かであった。夷西藩から出て戦いを挑むような様子もなく、目立った動向を見せなかった。

 「主上、幸いにして西側に動きが見えませんので、今のうちに界公に使者を出し、主上を斎国の国主として認めさせるというのはいかがでしょうか?」

 項史直がそのような提案をしてきた時、尊毅は不愉快そうに眉をしかめた。

 「そもそも今回のような事態になったのも斎治が界公を頼ったからであろう。俺も界公にすり寄るというのもどうであろうか」

 尊毅からすれば義王や界公の権威などまるで魅力がなかった。そのような権威に頼らずとも斎国の国主として国内を維持していける自信が尊毅にはあった。

 「そうではありません。斎治と静公を揺さぶるためです。万が一にでも界公と義王が主上の存在をお認めになられば、斎治と静公は大義を失います。また認めずとも、彼らを焦らせ動揺させることができます」

 「ふうむ……」

 項史直の言うことに一理あるような気がした。しかし、それでも納得できなかった。

 「主上、義王や界公など過去の権威に縋って生きているような者です。その権威を笠に着て金銭を強請ってようやく生存しているだけでありましょう。利用する者はとことん利用すればよいのです」

 項史直もまた義王と界公の権威など路傍の小石程度にしか思っていなかった。ただ権威というものについては利用価値を見出していた。特に斎治がまずはその権威に縋った以上、少なくとも斎治に対しては効果が期待できると項史直は睨んでいた。

 「時には進んで毒を使うのも必要というわけか。ただ弱い毒なら構わんが、猛毒であったなら我が身に降りかかった時にひどい目に遭うぞ」

 「その辺りは抜かりなく。幸い、滅んだ和氏が多額の蓄財をしておりました。それを没収しておりますので、存分に使えます」

 「よかろう。良きように」

 尊毅という男は国主になっても金銭欲や物欲に目覚めることもなければ、女色に溺れることもなかった。ただ尊毅にあるのは権勢欲だけであり、斎国の国主になっても、さらにその先のことを考えるようになっていた。


 尊毅は早速に項泰を使者にして界国に向かわせた。まず応対したのは賈潔は、使者である項泰にあからさまに迷惑そうな顔をしたが、界公の屋敷に次々と運び込まれる財宝を目にして顔色を変えた。

 「用向きは承知した。界公に申し上げるので、明日また来られよ」

 上ずった声で項泰を帰した賈潔は、界仲に報告をした。項泰が来るより先に斎国の事情を知っていた界仲は尊毅と会わぬつもりでいた。斎治を斎国に帰還させることによって義王と界公の権威を取り戻そうと考えていた界仲にとって尊毅は敵以外の何者でもなく、寧ろすり寄ってくるのは迷惑であった。しかし、屋敷の庭に積まれた貢物の数々を見て気が変わった。

 「三人の国主に叛き、これだけの財産を投げ打ってまで国主になりたいのか。尊毅という人物は余程物好きらしい」

 界仲は庭に下り、積まれた木箱の一つを開けた。そこには金の小粒が敷き詰められていた。

 「金だけではありません。上質な絹織物や螺鈿、真珠などもあります。斎国中の財宝をかき集めてきたようです」

 賈潔が言うと、界仲は別の箱を開けた。純白の絹の反物が収められていた。

 「ふん。何をするしろ、金はかかる。お互いにな」

 「如何なさいましょう?」

 「ひとまず使者には会おう。しかし、認めてやるかどうかの即断は避けるべきだと思うが、どう考える?」

 「私もそう思います。やはり世間的な風潮では斎治に同情を正義を感じております。それに軍事的にも静公の方が勝でありましょう」

 「ふむ。我らはあえて手を出さず、尊毅のやることを黙認……。それで使者も喜ぶであろうか」

 「主上のご意思なら、斎国の使者如きが断るはずがありますまい」

 「ならば余が直々に会うまでもないな。会ってしまっては積極的に尊毅を支持したと取られかねないし、静公に対する印象も悪くなるだろう。そなたから黙認してやる旨を伝えろ」

 承知しました、と賈潔は頷いた。界仲のこの判断が中原の有史以来、凄惨を極める大戦へと発展することになるのであった。

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