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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
483/960

蒼天の雲~30~

 翼国で思わぬ事態が発生している頃、斎国でも動きがあった。尊毅が斎公として即位させた斎策をついにその地位から追ったのである。

 項泰が翼国に仕込んだ謀略が成功するであろうことを見越し、尊毅は静国との戦を決意し、その準備をしていた。

 『静国単独なら勝てる。奴らが準備を整える前にこちらか攻め込む』

 というのが尊毅の考えであった。要するに静国が斎治を担いで攻めてくる前に先制攻撃をしてしまおうというのであった。大将軍の地位を利用してその準備を進めてきた尊毅であったが、最後の最後に大きな障害が存在していた。現在の斎公、斎策である。斎策から勅許を得ない限り、いくら大将軍の地位にあっても他国に戦争をしかける以上、国主の勅許が必要となってくる。

 斎策は尊毅によって擁立された傀儡の国主であった。確かに斎策は尊毅に対して従順ではあったが、肝心なところでのらりくらりとかわして尊毅の意のままにならないところがあった。尊夏燐を討伐しようとした時は斎策から勅許を得られず、軍を編成するのに苦労させられた。

 そればかりではなく、斎策は尊毅が提案する案件について、最終的には同意するものの裁可するまで異様に時間をかけた。

 『それは先例にあるのか調べるように』

 『急いではならぬ。古式慣例に乗っ取り丁重に進めるように』

 などと言って事を急ぐ尊毅を苛々させていた。

 それらの苦い経験があったから、尊毅は丞相である坊忠と要談していた。

 「いずれ静公が斎治を擁して攻めてくるのは目に見えている。その前に討たねば、主上も丞相もゆっくりと眠ることができますまい」

 尊毅はそのように言って脅した。坊忠は苦り切った顔をしていた。

 坊忠も自分の立場が分かっている。彼もまた坊忠を擁立したわけであり、斎治が帰ってきたらその地位を追われるどころか、命すらも危ういかもしれない。

 だが、坊忠もまた尊毅の足を引っ張ってきていた。何事にも、

 『主上のご裁可が必要であります』

 と言い、自らで判断を下さず、やはり尊毅を苛々させていた。

 『義父上は立派であった……』

 尊毅は今更ながらに岳父であった条守全の偉大さを感じた。条守全は条公であった条高に代わって多くの事柄について自ら判断し、決裁してきた。尊毅が抱く丞相の姿とはまさに条守全そのものであり、坊忠などは小間使い以下であった。

 「丞相!」

 いくら暗愚であっても地位だけは丞相である。彼を動かさねば尊毅も前には進めなかった。尊毅は膝を寄せて決断を迫った。

 「分かり申した。主上には私から進言いたす。しかし、必ずしも主上が即諾されるかは保証できぬ」

 それでよろしいか、と坊忠が言ったので、尊毅は渋々頷いた。

 「では、明日の朝議で申し上げる」

 尊毅としては明日まで待ちきれなかったが、やむを得なかった。


 翌朝、朝議が開催され、尊毅も末席ながら参加した。

 丞相である坊忠は尊毅との約束を守り、斎治が匿われている静国を先制して攻撃すべきだと斎策に進言した。

 斎策はまるで聞こえていないかのように無反応であった。寝ているようでもあり、息をしていないかのようでもあった。

 『この老人は耄碌しているのではないか……』

 尊毅は焦れていた。流石に尊家の私兵と尊毅に心を寄せている佐導甫や赤崔心の戦力だけでは静国とまともに戦うことはできなかった。斎策に諾と言ってもらい、勅許をもって国軍を編成せねばならなかった。

 「主上、このまま静公が斎治を擁して攻めてくれば、主上の立場も危ういのですぞ」

 尊毅は堪らず声を上げた。斎策は眠そうな目をゆっくりと開いた。

 「その時は斎治にこの席を譲ればいいだけではないか。余は別に国主になりたかったわけではないのだから」

 『こやつ!』

 尊毅は思わず剣に手をかけそうになった。そしてようやく、斎策がとんだ食わせ物であることを思い知った。もし斎治が静公に擁されて慶師に帰還したとしても、斎策は尊毅に無理やり国主にされたと主張すればいいのである。事実そうであるし、老いて傀儡に甘んじてきた老人を手にかけるようなことを斎治はしないであろう。

 「ともかく他国と戦をするなどもっての外ではないか。静国が攻めてきたのならまだしも、まだその兆候すらないのに戦の準備をするなど国家の経済に瑕疵を与えてしまうのではないか」

 再考するように、と斎策は初めて国主らしきことを言った。坊忠は困惑した表情をして尊毅を見ていたが、この時すでに尊毅は斎策を追うことを決意していた。

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