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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~25~

 少洪覇と尊夏燐の会見は坂淵近くの野外で行われた。あくまでも表面的には和睦であったが、実質的には尊夏燐の降伏であった。少洪覇はその点を考慮し、配下に徹底させた。

 「尊夏燐殿は私と対等な立場として和睦するのだ。決して降将ではない。武人としての礼節を失わないように遇するように」

 先に会見場に現れた少洪覇は床几に腰を落とし、尊夏燐を待った。しばらくして尊夏燐が姿を見せた。

 『なんと可憐な……』

 尊夏燐の第一印象はそのようなものであった。実は少洪覇は尊夏燐の姿を見たことがなかった。若い女性であるとは知っていたが、戦場に立つ以上、獰猛で凶悪な面をした女性であるとばかり思っていた。

 「尊夏燐です。この度は和睦を受け入れていただき、ありがとうございました」

 少洪覇の前で一礼する尊夏燐は美貌の人であった。今でこそ鎧姿であったが、絹の衣装を纏わせれば、社交界で引っ張りだこになる姫君となっていただろう。少洪覇はわずかな間、我を忘れて見惚れていた。

 「少洪覇です。こちらこそよく和睦をご提案された。まずお座りください」

 立ち上がった少洪覇は、自ら床几をもってきて尊夏燐のために差し出した。尊夏燐はやや面食らったように目を丸くしながらも腰を下ろした。

 「貴女の事情は董阮殿から聞いております。災難でありましたな」

 「お恥ずかしい限りです。未だに兄上が私を討とうとしているとは信じられないのです。しかし、私を討つための勅命を貰おうとしていたのは事実のようです」

 意気消沈とはまさに今の尊夏燐のことを言うのであろう。戦場で鬼神のような働きをする女性であっても、身内に命を狙われる状況は相当辛いのだろう。尊夏燐への印象がますます変わっていくのを少洪覇は感じた。

 「しばらくはお体をお休めください。身の振り方についてもじっくりとお考え下さい。貴方を討伐する軍勢が押し寄せてきたとしても、この少洪覇が戦力をもって追い返してやりましょう」

 困難な状況にある者を助けたくなるというのは少洪覇の性分であるかもしれなかった。実はそれ以上の感情を尊夏燐に持つようになるのだが、それは今少し後のことであった。


 夷西藩への征旅の途中にあった尊毅は、尊夏燐が少洪覇と和睦したと知って危うく落馬しそうになった。

 『そんな馬鹿な!』

 討伐軍を向けられた尊夏燐がどうするであろうか。妹は兄を丁重に迎え、自分の所業について謝罪するであろう。そう信じて疑っていなかった尊毅は、少洪覇と和睦という事態は想像もしていなかった。

 それは軍に帯同してた項史直も同じであり、珍しく顔を硬直させていた。千名近くの尊家の将兵が帰ってきたが、それでも尊夏燐と行動を共にしようという者達が相当いたことになる。また帰ってきた将兵達も顔色がどこか暗く、尊毅が妹を討つことを快く思っていないのは明らかであった。

 『夏燐様の人気がそこまであったのか……』

 早々に潰しておくべきだったと後悔した項史直は、こうなれば尊家の二人が相打つ結果になっても尊夏燐を討つべきであろうと思い、尊毅に進言した。

 「これで夏燐様のご謀反は明々白々。今こそ慶師の主上に使者を出し、勅許を下されますようお願い申し上げましょう」

 やや呆然としている尊毅は頷きかけたが、待たれよと佐導甫が声を上げた。

 「どうにも夏燐殿には誤解があるように思われる。ここは夏燐様の主張をしっかりと聞くべきではないだろうか」

 項史直は密かに舌打ちした。ここで尊夏燐の意見を聞くようなことがあれば、自分達の謀略が露見してしまう可能性が大きい。

 「誤解などありましょうか。夏燐様は殿の使者を斬ったのですぞ。尊家の兄妹としての不義理、大将軍と家臣としての不忠。これ以上の罪状がありましょうや」

 項史直は我ながら必死だなと思った。かえって佐導甫に疑わしい目を向けられるのではないかと危惧した。案の定、佐導甫は険しい視線を項史直に向けていた。

 「妹君が少洪覇と合わさったとなれば、容易ならざる戦力です。ここは一度、慶師に退かれるのがよろしかろうと思うが?」

 そう言ったのは赤崔心であった。慶師に戻るのも項史直としては面白くなかった。なんとしても全力で尊夏燐を倒してしまわなければならなかった。

 だが、ここでより強硬に主張するとさらに猜疑の目を向けらるかもしれない。どうすべきか、と項史直が迷っていると、尊毅が口を開いた。

 「退くわけにはいかぬ。討伐軍を起こしておきながら一戦もしないとなれば大将軍としての身が立たぬ。夷西藩へと進軍しよう」

 決断を下した尊毅であったが、まだ精気は戻っていなかった。

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