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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~24~

 坂淵を出た少洪覇軍は、尊夏燐軍と一進一退の攻防戦を繰り広げていた。少洪覇としては兵数で劣っている以上、善戦していると自負してもいいのだが、懐事情は苦しかった。

 「このまま続けていてはこちらが一方的に兵数を減らされるだけだ。どこかで乾坤一擲の勝負をしなければならない」

 少洪覇は千綜と語らい、作戦を練っていた。そこへ尊夏燐から和睦を求める使者がやって来たのである。

 「和睦だと!」

 少洪覇すぐには信じられなかった。戦局は互角とはいえ、背後に控えている戦力はけた違いである。少なくとも尊夏燐から和睦を求めるような状況ではなかった。

 「罠であるかもしれません」

 普段、喜怒哀楽をあまり表さない千綜も目を丸くして驚いていた。

 「罠か……。しかし、俺は尊夏燐と一度戦場で相まみえたが、そのような卑怯な詐術をするような武人であるとは思えなかった」

 「少殿。お言葉ですが、夷西藩の邑を焼いて回った輩です。お疑いになった方がよろしいのではないですか?」

 「ふむ……」

 千綜の言うとおりではあろう。だが、こちらの懐事情を考えれば、和睦というのは実にありがたかった。一時休戦して人員、兵糧を蓄えることができる。

 「罠ではない。俺が保証する」

 少洪覇のいる天幕に男が入ってきた。少洪覇も千綜もよく知る男であった。

 「董阮殿……」

 「俺が尊夏燐殿の使者だ、少殿」

 「どういうことだ……」

 「うむ。順を追って説明しよう」

 董阮が語ったのは尊夏燐が尊毅からあらぬ疑いをかけられ、軍を差し向けられているということであった。もし、これが董阮の口から語られなければ、見え透いた嘘だと少洪覇は断定しただろう。

 「尊夏燐殿としては生き残るには少殿と和睦し、尊毅と対決するしかない。そして我らにとっては少殿と尊夏燐殿が合力すれば尊毅と存分に渡り合え、主上をお迎えするための勢力を築くことができる。だから俺がこの和睦を提案したのだ」

 勇壮な戦略である。もし実現できれば、界国へと亡命した斎治を迎えるための貴重な勢力を夷西藩に根付かせることができる。

 「少殿。董阮が言うからには偽りではないのは明白です。主上をお迎えするための先兵となるためにも尊夏燐との和睦をお受けなさる方がいいでしょう」

 千綜に言われるまでもなく、少洪覇は決意していた。

 「千殿の言うとおりだ。我らは主上を斎国に帰還していただくために兵を挙げたのだ。それが実現できるのであれば、どうして和睦を拒否しようか」

 少洪覇には自己の名誉富貴を求める心が少なかった。彼は困難な状況にある斎治を助けることに無上の喜びを感じていて、正義をこの地上に確立することが己の使命であると信じていた。

 「では、少殿には異存がないな」

 董阮は席を立った。すぐに尊夏燐と会談する席を設ける、と言って天幕を出ていった。


 少洪覇への和睦について、尊夏燐軍に多少なりとも動揺が走った。軍の中には尊家の私兵だけではなく、勅命によって参軍させられた諸侯の兵も少なくなかった。尊夏燐は彼らに対し、

 「一方ならぬ事態によって私は少洪覇と和睦することにした。これは私個人の判断であり、貴殿達には関係ないことだ。速やかにこの場から退去し、主上に復命するがいい」

 彼らは尊夏燐が項兄弟の謀略に嵌められたということをおおよそ察していた。だから尊夏燐に対して同情的であったが、尊夏燐に付き合う義理もなかったので、彼女の言葉通り慶師へと帰還することになった。

 彼らが退去すると千五百名程度の将兵が残った。いずれも尊家の私兵である。尊夏燐は彼らに対しても同じようなことを言った。

 「今回の和睦は私個人が行うことだ。お前達は大将軍に忠誠を誓った士ばかりであろう。慶師に帰り、大将軍の配下に戻れ」

 尊夏燐はそう言ったが、残留した将兵は少なくなかった。彼らは確かに尊家の私兵であり、尊家の当主が尊毅である以上、忠誠心を尽くすのは尊毅であった。しかし、尊夏燐も尊家の人間である。残った者達の中には、

 「夏燐様が悪いわけではない!夏燐様は項兄弟に嵌められたのだ!討つべきは項兄弟だ!」

 と主張して、尊夏燐と行動を共にすることを決めた者達もいた。尊夏燐は複雑そうな顔をしながらも、彼らを許すことにした。こうして尊夏燐は四百名近くの将兵と連れて少洪覇と和睦することとなった。

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