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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
476/962

蒼天の雲~23~

 尊毅が尊夏燐討伐に動こうとしているちょうどその頃、界国から戻ってきた董阮が慶師に潜伏していた。尊兄妹の間で争いが起ころうとしているのを知って董阮は、

 『これは使える』

 と判断し、すぐさま慶師を出た。董阮は決して謀略家ではない。盟友の結十ほど思慮深くなく、どちらかと言うと短慮で直情型の人間である。だからこの時得た閃きは、深い思慮から得た謀略などではなく、単なる思い付きでしかなかった。しかし、この思い付きこそが事態を大きく動かすことになった。


 尊夏燐と少洪覇の会戦は一進一退の状況が続いていた。兵力で言えば尊夏燐の方が上であったが、少洪覇には地の利があり、千綜率いる遊撃部隊が活躍し、尊夏燐を悩ましていた。

 「流石は好敵手よ」

 尊夏燐は堪らなく嬉しかった。慶師での暇な日々を思えば、戦場こそ尊夏燐の居場所であった。しかも相手がかつて激戦を演じた相手であるとなると、俄然やる気が湧いていた。

 だから、慶師にいる配下から自分を討伐するための軍が編成されたというという報せを得た時は冷や水を浴びせられた気がした。

 「何かの間違いではないのか?兄上が私を討つなど……」

 尊夏燐からするとまったく身の覚えのないことであった。軍が編成されているというのも援軍のことではないのかと思った。

 「援軍などではありません。殿は明白に夏燐様を討つと申され、出兵の勅許を主上にお求めになられました」

 「馬鹿な!」

 すぐには信じられない尊夏燐は続報を待つことにした。その続報と同じくして尊夏燐の本陣を訪ねてきた男がいた。董阮であった。尊夏燐と董阮には面識があった。といっても社交界などで顔を見る程度であり、まともに会話したのは初めてであった。

 「斎治の側近がどうしてここにいるんだ」

 尊夏燐は珍客というべき男を丁重にもてなした。すでに尊毅が佐導甫、赤崔心などの軍勢を加えて討伐軍を編成したという報告を得ていた。その情報を裏付けするために董阮から話を聞くことにした。

 「貴女に良き進言をしに来た」

 「良き進言?」

 やはり董阮は慶師で情報を仕入れていた。

 「隠すことはないことだから率直に言うが、尊毅は貴方を討伐しようとしている。その理由は知っておられるか?」

 「いや……」

 実はそれが一番知りたいことであった。どうして兄が自分を討とうとしているのか。配下からは明瞭な情報が得られなかった。

 「先に尊毅が貴女に向けて激励の使者を送っていた。しかし、その使者が尊夏燐によって斬られて死んだ。それが理由だ」

 「馬鹿な!そのような使者など……」

 そこでようやく尊夏燐は気づかされた。自分が謀略にはめられたのだと。そして自分をはめた相手が項兄弟であることも間違いあるまいと確信した。

 『項泰めが私に叱責されたことを恨んでのことか……』

 尊夏燐は奥歯を噛み締めた。やり場のない怒りが湧き上がってきた。その沸騰した気持ちが全身を駆け巡ると、逆に冷静になってきた。

 「慶師から道を見張れ。どんな細道でもだ。少洪覇の方へ行く者は何人であっても拘束して尋問しろ」

 急げ、と尊夏燐が怒鳴ると、兵士達があたふたと走っていった。

 「夏燐様。それと我が軍内部にも情報を統制した方がよろしいでしょう。ここには夏燐様に忠誠を尽くしている者達しかおりませんが、将兵の中には殿を慕っている者もおります。動揺を抑える必要があります」

 副官の言うことも尤もだと思った尊夏燐は本陣にいる者達に箝口令を敷き、他の将兵に情報が漏れることを防いだ。

 「さて、董阮殿。私への良き助言とは何だ?」

 「気が付いておられるようだが、これは項兄弟の謀略だ。慶師にいる仮初の斎公の勅許が出ていないとはいえ、大将軍の軍隊だ。これに抗うにはひとつしかない」

 「勿体ぶるな!今は時間がない」

 「少洪覇と和睦し、真の主上たる斎公に従うのです。斎公の勅許を得て項兄弟を除く戦いをするのです」

 それしか生き残る道はありませんぞ、と董阮は凄みを効かせて言った。突飛な意見であるとは思ったが、尊夏燐はかすかな光を見ていた。

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