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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
474/962

蒼天の雲~21~

 尊夏燐から最大限の侮辱を受けた項泰はわずかな供回りを連れて慶師へと帰還していた。

 『おのれ、尊夏燐許すまじ!』

 怒り燃える項泰は、まずは兄である項史直に尊夏燐の振る舞いをを盛大に誇張しながら語った。

 「夏燐様は我らがあっての尊家というのがご存じではないらしい」

 項史直にとっても、項泰が侮辱されたということは項家が侮辱されたのに等しかった。そもそも項史直自身、尊夏燐の存在を面白く思っていなかった。

 『夏燐様は戦の上手さでは殿を上回っている。名声も殿を上回れば、我らにとって敵になるかもしれない』

 あくまでも尊毅を押し立てていきたい項史直からすれば、戦場において名声を得すぎる尊夏燐は危険な存在であった。さっさとどこぞかへ嫁にやってしまいたかたっが、こうなれば排斥するための別の手段を考えるべきだろう。

 項史直は項泰を伴って尊毅に面会した。項泰は涙ながらに尊夏燐の仕打ちを訴え出た。

 「夏燐様は、少洪覇を坂淵から出撃させるために邑を焼き払えとお命じになりました。私は武器を持たぬ民衆を襲うわけにはいかないと思い、敵の兵舎ばかりを攻撃しておりますと、坂淵から千綜が出撃し、思わぬ大軍でしたので一時撤退しました。そうしましたら夏燐様は、非武装の邑を襲ったのを私のせいにし、挙句には無能者よと罵り、足蹴にしたのです」

 武人としてこれほどの侮辱があるでしょうか、と項泰は大いに泣いた。

 項泰の言葉を黙って聞いていた信じられぬと思った。尊夏燐は確かに粗暴ではあるが、項泰の言ったような真似をするとは思えなかった。特に女ながらも武人としての矜持を人一倍持ち合わせている尊夏燐が非武装の邑を襲うようなことをするとは考えられなかった。

 「それは本当なのか?」

 「事実でございます」

 項泰はもろ肌を脱いだ。右肩の部分が大きくはれ上がった。これが尊夏燐に蹴られた跡だと項泰は主張した。

 「ふむ……。少洪覇との戦局が分からん以上、迂闊なことはできん。俺が陣中見舞いがてらに出向いて事情を聴いてみよう」

 「殿。差し出がましいことですが、夏燐様は我ら兄弟に対して面白く思っておらぬ様子です。あるいは項泰があらぬことを殿に進言したと嘘の主張するかもしれません」

 尊毅と尊夏燐を直接会わすのはまずい、と考えた項史直が言った。奇しくもこの状況における尊夏燐は、栄倉に遠征している間に尊毅の讒言によって斎治から遠ざけられた斎興と酷似していた。そのことに尊毅は気が付いていない様子であった。

 『夏燐様を排斥するなら今が好機だな』

 項史直は思案した。斎興のように尊夏燐を亡き者にするのはそれほど難しくない。しかし、それを行えば、流石に尊毅も項兄弟に疑義を抱くだろう。そうなれば項兄弟もただではすまなくなる。

 「では、どうするというのか?」

 「問責の使者を出しましょう。人選はお任せください」

 「……」

 尊毅は腕を組んだ。流石に斎治と違って慎重であった。

 「いや、今は止そう。夏燐はまだ少洪覇と対峙してところだ。変な疑いをもって使者など送れば、夏燐も戦に集中できないであろうし、味方にも動揺が走る」

 項史直は密かに舌打ちをした。

 「それでは激励の使者をお出しになり、その者に内々に調査をお命じになられればよろしいのではないですか?」

 項泰が発言した。謀略については弟の方が一回り二回りも才能がある。項史直は黙って続きの言葉を待った。

 「分かった。それでいい」

 「では、人選はお任せください」

 項泰が頭を下げながら笑っていた。項史直はそれで安心することができた。


 尊夏燐にとって不幸の使者が夷西藩へ向かおうとしている頃、界畿での会盟が不調に終わり、斎治が静国に移ったという情報を尊毅は得ていた。

 『静国とは厄介だ』

 かつて条国の将兵として静国の軍とも渡り合ってきたので、その強さは百も承知であった。しかも、あの静公は間違いなく覇者を目指している。今のところは斎治を匿っただけだが、いつ斎治を奉じて攻め込んでくるか分からなかった。

 『多難なことよ』

 事実上の最高権力者となれば、もっと思うがままに政ができるかと思っていたのだが、外には亡命した斎治、内には少洪覇を筆頭とした反勢力の蠢動と、まさに内憂外患の状態であった。まさか新たなる難題が噴火しようとしているなど尊毅は夢にも思っていなかった。

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