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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
473/958

蒼天の雲~20~

 項泰は我が物顔で夷西藩の邑を襲撃して回っていた。これほどの任務は非常に容易く、そのことが油断を生んでいた

 「正規軍さえ相手しなければ大したことないな」

 項泰は馬上で欠伸をするほどであった。

 「しかし、当初の目的である少洪覇軍がまだ出撃していないようですが」

 項泰の副官が当然の疑問を呈した。項泰は鼻で笑った。

 「ふん。意気地がなくて出てこないのだろう。俺達だけで坂淵を攻めても勝てるんじゃないか」

 項泰が笑っていると、前方から敵影を見たという報せが届けられた。

 「どうぜ近隣の警備部隊か何かだろう。いちいち俺に連絡してくるな。蹴散らせ」

 項泰は面倒くさそうに連絡兵を追い払ったが、続け様に苦戦と援軍を求める連絡がもたらされた。

 『少洪覇軍が出てきたのか……』

 一瞬焦った項泰であったが、相手が千綜が率いる小勢であると知ると、また態度を大きくさせた。

 「千綜とは斎治の周辺で武芸ごっこをしていた貴族の坊ちゃんだろう。何ができようか?追い返せ!」

 項泰は謀略家であったが、戦が上手くなかった。そのくせ自信家であり、千綜のことを完全に甘く見ていた。

 千綜は自ら先陣に立ち、得意の槍を振るった。

 「命が惜しい者は退け!我が槍はそう簡単には折れんぞ!」

 馬上の千綜が槍をひと振るいすれば、二三人の兵士が宙に舞い、項泰軍の兵士は怖気づいて後ずさりをした。項泰軍の中にも武芸自慢がおり、先陣での騒ぎを聞きつけて勝負を挑んできたが、千綜は喉に槍を一突きして倒してしまった。

 「見よや!天も許さぬ反逆を企てた軍勢など正義の槍の前では敵ではない!」

 かかれ、と千綜が号令すると、配下の将兵は声をあげて突撃していった。項泰軍の先陣は大いに崩れた。

 これにより千綜を侮っていたと知った項泰は防戦する意思を捨てた。撤退とだけ命じると、自らは早々に戦場から脱し、尊夏燐軍本隊の場所を探し求めた。


 「敵地といえ武器を持たぬ民衆を襲い、敗退するなど武人にあるまじきことだ」

 千綜に敗北し、逃げ帰ってきた項泰を目にした尊夏燐は、汚物でも見るかのように項泰のことを見下していた。すでに項泰が一般民衆の住む邑を襲っていたことを知っており、尊夏燐の怒りは増幅していた。

 「しかし、夏燐様……」

 「気安く私の名前を呼ぶな!他家ではどうかしらんが、卑怯な振る舞いをした武人などいらん。さっさと慶師へ帰れ!」

 もともと感情的に尊夏燐は項泰を嫌っていた。項泰というよりも項兄弟そのものが気に入らず、兄である尊毅がこの二人を重用しているのが理解できなかった。そういう日頃から項兄弟に向けていた負の感情がこの時爆発した。

 「なんと!この私に帰れと?」

 「そうだ。たかが家宰の家の分際で!」

 尊夏燐は項泰の肩を足蹴にした。倒れた項泰はすぐにきっと尊夏燐を睨み、腰の剣に手をかけようとした。

 「ふん。斬るか?卑怯な振る舞いをしてさらに主家に剣を向けるのか?性根の腐った男はどこまでも腐っているな」

 「なんたる侮辱!」

 もし周囲の者が止めなければ、項泰は尊夏燐に斬りかかっていただろう。傍にいた副官が項泰の手を掴み思いとどまらせたからよかったものの、一歩間違えれば凄惨な現場となっていた。項泰は怒り治まらぬという風に剣を地面に叩きつけると、そのまま慶師へと帰ってしまった。このことが大きな火種となるのだが、尊夏燐はそんなこと気にせず、いかに少洪覇と決戦しようか思案していた。


 千綜が項泰軍を撃破したことは少洪覇を勇気づけた。それだけではなく、少洪覇の義挙を指示する民衆達もこのことで主の正義が天下に示されたと信じ、勢いづいていた。

 「少殿、ここは坂淵を出て尊夏燐軍を攻めましょう。ここで一撃を加えれば、さらに尊毅に従わぬ者も勢いづき、主上をお迎えする土壌が整うでしょう」

 千綜の進言に少洪覇は即答しなかった。確かに項泰軍を退けたことで勢いはある。しかし、尊夏燐軍は大軍であり、尊夏燐も戦上手として知られている。実際、先の決戦で尊夏燐と対した少洪覇は、尊夏燐は難敵であると認識していた。

 『簡単には勝てないだろう』

 そう思いながらも、このまま坂淵に籠っていても事態が進展するとも思えなかった。

 「やりましょう、千綜殿。我らが勇気を示さずして、誰が勇気をもって地上に正義を実現できようか」

 少洪覇は決意をし、自らも出撃して尊夏燐軍へ向かっていった。

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