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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~19~

 尊夏燐は悠然と西へと向かった。この間、項泰とはほとんど接点を持たず、尊夏燐としては非常に気分がよかった。事前に調達した夷西藩の地図を見ながら、少洪覇とどう戦うか考えていた。

 『なんとしても少洪覇を野天に引きずり出して会戦で少洪覇を打ち破る』

 尊夏燐は戦略の主眼をそこに置いていた。先頃の新莽軍を打ち破ったような大軍同士での会戦で華々しい勝利を得る。武人の輝きとはそこにあると信じて疑わないのだが、尊夏燐という武人であった。

 『それに劉六が教えてくれた戦術を試してみたい』

 尊夏燐にはそのような欲望もあった。教えを受けたというよりも、自分で勝手に劉六が著した書物を読み漁り、勝手に劉六の部屋に上がり込んで質問をしていただけなのだが、それでも尊夏燐の武人としての血肉になっていた。

 行軍中に対少洪覇の戦略を練り上げた尊夏燐は、面倒くさく思いながらも戦略案を項泰に披露した。項泰が公的に副将格になっている以上、無視することができなかった。

 項泰は尊夏燐の語る戦略案を黙って聞いていた。尊夏燐が言い終わると、項泰は小さく舌なめずりをした。本当に蝮みたいで気持ちが悪かった。

 「よろしいかと思います。問題は少洪覇をどうやって引きずり出すかです」

 そんなこと百も承知であった。分かり切ったことを大層に言って、自分の価値を上げようとするのが項泰という男のいやらしい部分でもあった。

 「どうすればいい?」

 尊夏燐はぶっきら棒に訊いた。

 「少洪覇の出方次第ですが、坂淵の近隣の邑を焼いて回りましょう。藩民の支えによって今日がある少氏からすると、民が襲われれば出ざるを得ないでしょう」

 項泰らしい姑息な考えであった。後のことを思えば、民の信頼を失うような真似は仕方なかったが、少洪覇を引きずり出すにはそれしか方法がないように思えた。

 「やむを得んな。それで行こう。但し、民衆の生命には配慮して、兵舎や軍の食糧庫などを狙うように」

 「承知しました」

 項泰は慇懃に頭を下げた。


 夷西藩に入った尊夏燐は項泰に命じて藩内の軍事拠点を強襲させた。当初は命令通りに軍事拠点を狙っていた項泰であったが、戦慣れにしている少洪覇の手勢は頑強に抵抗し、項泰の手勢も決して無傷というわけにはいかなかった。 

 『これでは何をやっているのか分からん』

 項泰は方針を変更し、普通の邑を襲うことにした。これは効果覿面であった。非武装の民衆が住む邑を襲われて少洪覇は嚇怒した。

 「見てみろ!尊毅の卑怯な振る舞いを!天下を簒奪した卑劣者らしいではないか!」

 少洪覇の言葉は将兵の士気を高めた。

 「少殿。私に出陣を命じて欲しい。卑怯な振舞いの実行者は項泰であるらしい。それであるならば斎興様の敵ではないか」

 血気盛んに少洪覇の前で手を挙げたのは千綜であった。先の決戦で慶師付近の赤崔心を牽制していた千綜は、新莽軍が大敗すると素早く軍をまとめ慶師の守りつこうとしたが、逃亡兵が多発したうえに、早々に斎治が和睦の使者を送ったために、やむを得ず西へと逃走していた。その後はわずかながらも手勢を集め、少洪覇の下に身を寄せていた。

 「勿論でございましょう。千綜殿がご健在となれば、尊毅の旗に靡かぬ者も勇気づけられましょう」

 少洪覇は自軍の手勢を与え、千綜に出撃を許した。

 これまで千綜という貴族あがりの武人について世間で評価されることはあまりなかった。精々、武芸に秀でた貴族がおり、斎治の周辺警備を行っていたという程度の認識であり、尊毅も千綜については新莽や少洪覇ほど気を払ってはいなかった。しかし、千綜は彼ら以上に厄介な存在となってくるのであった。

 坂淵から出撃した千綜は、斥候を広く派遣して情報収集を行った。その結果、本隊である尊夏燐軍から随分と離れて活動していることが判明した。

 『項泰は陽動のための出撃しているようだが、本隊と離れすぎている』

 両者の距離は二舎以上離れている。もし項泰が敵と襲われても容易に救援に駆けつけられないだろう。

 見ようによってはそれすらも少洪覇を野天に引きずり出すための作戦であるかのようであった。しかし、千綜には閃くものがあった。

 『尊夏燐と項泰は不仲ではないのか』

 まさに慧眼と言っていい。千綜は二人の関係をほぼ正確に見抜いており、これを利用しない手はないと判断した。

 「項泰を叩く。生きて夷西藩から帰すな!」

 千綜は斥候によって項泰軍の現在地を把握していた。場所が分かり、項泰軍の目的が分かっているとなれば、先回りすることも可能であった。千綜は項泰軍の進路を先読みし、待ち伏せをすることにした。

 

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