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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
471/959

蒼天の雲~18~

 「どうにもまずい事態になったのでないか?」

 朝堂から下がった尊毅はすぐに項兄弟を呼び寄せた。彼らも斎治の動向は知っており、愁いの色を隠していなかった。

 「もし会盟で殿を討つことが決まれば、怒涛のように各国の精鋭がこの国に押し寄せます。どう足掻いても勝てないでありましょうし、国内の武人達の心も殿から離れていきましょう」

 項史直の予測は決して楽観論に流されなかった。その予測に尊毅は異存なかった。

 「それにしても斎治は思い切ったことをする。まさか界公と義王に頼ろうとは……。どうにか妨害せねば」

 尊毅は項泰を見た。謀略にかけては兄である項史直より項泰の方が上手であった。

 「御懸念には及びますまい。おそらくは会盟はまとまらぬでしょう」

 項泰は意外なことを言った。

 「それはちと楽観し過ぎじゃないか?」

 「兄上、よくお考え下さい。すでに義王の存在など有名無実であり、義王の命令によって各国が動くことはないでしょう。それ故の会盟ですが、覇者にならんと欲している静公と翼公が牽制し合い、結局はまとまらぬのまま散会することでしょう」

 項泰の予測はそのまま事実となるのだが、まだこの時点では極めて楽観的観測のように思われた。

 「ふむ……」

 「殿、どちらにしろ間者を界国に向かわせ、情報を収集すると同時に、万が一にも各国の軍が斎国に向かうような事態になっていた場合は何かしらの妨害工作をして時間を稼ぎます。その間に少洪覇を討ち、国内をお鎮めください」

 項泰の意見に項史直はしきりに頷いていた。それならばと尊毅は少洪覇討伐を決意した。


 尊毅は少洪覇の討伐軍の大将に尊夏燐を据えることにした。戦場での駆け引きという点ではすでに兄をも超えているという定評があり、大軍の将としては申し分ない人選であった。これに伴い尊夏燐にも将軍の地位が与えられた。右中将格征西将軍というものであった。これは臨時の役職であり、恒久的なものではなかった。この点、尊夏燐はやや不満であった。

 『尊毅大将軍の妹が臨時の将軍職か……』

 この時期、左大将は佐導甫、右大将は赤崔心、左中将は項史直であった。いずれも尊毅を支えてきた面々ではあったが、尊家の家宰に過ぎなかった項史直が自分よりも上位というのが気に食わなかった。それだけではない。

 『兄上はいつも項兄弟と相談して私には内緒で物事を進める』

 項兄弟よりも軽んじられている。そのことは最も気に食わなかった。

 それでも少洪覇討伐の将に任命されたことについては満更でもなかった。兄上に任されたということと、あの少洪覇と再戦できるということが尊夏燐に満足感を与えていた。

 尊夏燐は軍の編成に取り掛かっていたのだが、出陣する直前になって不愉快な人事を言い渡された。項泰を副将につけると尊毅が言い出したのである。

 「何だ!兄上は私では力不足だというのか!」

 尊夏燐は斎慶宮に出仕していた兄を捕まえ、猛然と抗議した。

 「慎め。ここは斎慶宮で俺は大将軍だぞ」

 「ふん。そんなに兄上をは私を信用していなんだな」

 「そうではない。万が一にもお前が負けるとは思っていないが、時として謀略をもって敵を制することも出てくるだろう。その時には項泰が役に立つ」

 それが本音か、と尊夏燐は思った。確かに尊夏燐は謀略など苦手である。しかし、そのようなせこい手を使うまでもなく、少洪覇と倒す自信があった。

 「余計な真似を。敵とは言え少洪覇は一流の武人だ。それを謀略で倒したとなると、尊家の恥になる」

 「だから、あくまでも念のためだ。これ以上文句を言うと、大将軍として命じるぞ」

 尊毅は有無を言わせぬつもりであるらしい。尊夏燐は舌打ちをして、兄に背を向けた。数日後、尊夏燐は三千名の軍を率いて慶師を出発した。


 出陣した尊夏燐を見届けた尊毅はひとつ肩の荷が下りた気がした。あの蓮っ葉で、遠慮というものを知らない妹のことを尊毅は持て余し始めていた。

 「夏燐が帰還したら、然るべき所に嫁にやらんとな」

 尊夏燐に恒久的な将軍職を与えなかったのもそのためであった。

 「国内で高位の公族や貴族に然るべき相手がいるか探させましょう」

 項史直が応じた。左中将の地位にあっても家宰の仕事も兼任していた。

 「そうだな。国内に縛られる必要はない。他国、そうだな静国や翼国でもいい。地位の高い奴の中で相応しい相手がいれば打診してみてくれ。それが両国へのけん制にもなる」

 「承知しました」

 次なる巨大な敵は国外からやってくる。すでに尊毅は国外に目を向けていた。

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