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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~17~

 国主がいなくなった斎国に目を転じる。

 国主である斎治が尊毅の武力に屈して国外へ脱出したことによって形式的には無主の国となった。当初、閣僚達の合議制によって朝議を進めていたが、儀式祭礼など形式的なことについてはやはり国主の存在が必要であるということを誰しもが感じ始めていた。

 「丞相、然るべき方に国主になってもらうべきではないか?」

 事実上斎国の支配者となった尊毅は、まだ朝堂の下座にいる。大将軍となっても朝堂での地位は六官の卿よりも下である。しかし、今や尊毅に逆らう文官などいなかった。丞相の坊忠でさえ、尊毅の顔色を窺っていた。

 「さ、左様ですな。しかし、斎公に御子はもうこの国にはおられません」

 斎治の子は斎興と斎香しかいなかった。斎興と斎香を生んだ正妃は二人が若い頃に亡くなっており、それ以来斎治は正妃を迎えず、阿望を寵姫ながら正妃に等しい地位として遇してきた。その阿望との間には子は生まれていなかった。

 「斎家の血を引く者は他におられないのか?」

 「おられるにはおられます」

 答えたのは覚然であった。

 「ほう。誰か」

 「斎公……斎治様の長兄でございます」

 「斎治様の長兄?そのような方がいらっしゃるのか?」

 「はい。斎策様と申します。母親が身分低く、太子とはなられませんでした。慶師の近くにお住まいで、完全に隠者となられています」

 「ご年齢は?」

 「七十」

 高齢だな、と尊毅は思った。しかし、さらなる高みを目指している尊毅には都合が良かった。

 「よろしいのではないですか?隠遁されているところ申し訳ないが、国主となっていただきましょう」

 高齢であれば、国主の座としていられるのは数年であろう。そうなれば近いうちに譲位ということになる。その時こそ尊毅が国主となる時であった。

 

 斎策を国主に据えることが朝堂で決すると、翌日には坊忠が使者となって斎策の下を訪ねた。慶師近郊で畑を耕し、近所の子供に勉学などを教えて生活をしていた斎策は、突然の使者にも驚いた様子はなかった。斎治が国外へ逃げたと知っており、ある程度事態を予測していたのだろう。

 「国主がいないというのは国家の非常事態でありましょう。この老躯でもお役に立てるのなら喜んで慶師に参りましょう」

 斎策は素直に受け入れてくれた。世間の人々は斎策が尊毅の傀儡となることは必至であると見ており、それを受け入れざるを得なかった斎策のことに同情を寄せていた。しかし、この斎策が一筋縄ではいかない老人であることを知るのはもう少し後のことであった。


 数日後、斎策が百官に迎えられ斎慶宮に入った。すでに斎国国内では斎治の退位が宣告されており、新しい国主の即位によって国内の動揺を鎮まるだろうと思われていた。

 大将軍となり、斎国を事実上支配する存在となった尊毅であったが、問題は山積していた。

 ひとつは新莽の行方が未だ分からないことであった。尊毅と敵対し得るだけの力を持っているのはやはり新莽しかおらず、その生死が不明であるというのは何処となく不気味であった。尊毅は必死になって探索させているが、手がかりひとつ発見できずにいた。

 もうひとつは少洪覇の存在であった。先の決戦で敗北した少洪覇は領地である夷西藩に帰り着き、公然と尊毅に対して反旗を翻していた。

 「尊毅如き謀反人がのさぼる世の中があってよいものか!それを許す斎慶宮にも正義はない。真に正義を愛する者は坂淵に集え!」

 少洪覇はまさに不屈の人であった。尊毅に攻められ一度は坂淵を明け渡してもこれを奪還し、先の決戦で命からがら敗走しても死ぬことなく息を吹き返し、それでいて戦う意思を捨てていなかった。

 尊毅としてはいずれ討伐せねばならないと考えていた。しかし、今すぐには難しかった。先の決戦では尊毅軍も決して無傷ではなく、万全を期して少洪覇の息の根を止めるにはそれなりの力を蓄えねばならなかった。

 『いずれ潰すとして、今は懐柔の手を見せておいて油断させておくか』

 尊毅は即位したての斎策から早速に勅許を貰い、坂淵に勅使を派遣した。大人しく矛を収めれば全てを許すというものであった。この勅使が追い返されるようなことがあれば、それを理由に討伐すればよい。尊毅はそのように考えていたが、その考えを改めることになった。斎治が亡命した界国で尊毅討伐のための会盟が行われていることが判明したのであった。

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