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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
47/959

黄昏の泉~47~

 明朝。樹弘軍は粛々と動き始めた。時折、敵軍の騎兵がちらほらと散見されたが、無視して軍を進ませた。

 『偵察でありましょう。すでに我等の存在はばれているわけですから、逆に堂々と目立つように進軍しましょう』

 甲朱関は樹弘の傍にあってそう言った。樹弘は戦術に関して甲朱関を全面的に信頼していたので異論を挟まなかった。

 夕刻になり、桃厘の外観が遠望できる距離にまで達した。ここで一度小休止となる。

 「兵には天幕を張り、竈を作らせます」

 甲朱関はさらに説明したが、その理由を問うまでもなく樹弘は理解していた。天幕と竈を作ることで長期留まることを敵に見せ付けるのである。勿論これは今夜速攻することを隠す擬態であった。兵士達は命じられるままに天幕を張り、竈を作り始めた。樹弘は黙ってそれらを眺めておられず、自らも天幕を張るのを手伝った。景朱麗はそのような樹弘の姿にあまりいい顔をしなかったが、結果として兵士達が樹弘に対して親しみを感じ、好印象を与える結果となった。

 夜となり、軽めの食事を終えた樹弘軍将兵達は、天幕などをそのままに密かに陣を出た。南門に近づくと、甲朱関が松明に火をつけて桃厘の街に向かって左右に振った。すると南門が開かれた。

 「まずは私が」

 と言って樹弘の隣を文可達が駆け抜けていった。敵の罠がないか確かめるためである。文可達の一隊が桃厘の中に入ったが、敵の攻撃はない様である。文可達はこちらに向かって手招きをした。樹弘は景朱麗と甲朱関の顔を交互に見やって、二人が無言で頷くのを確認した。

 「突撃!」

 樹弘は神器たる泉姫の剣を抜き、突撃を命じて自らも駆け出した。

 「黄鈴は主上の身辺を守れ!私が先陣を切る!」

 景朱麗も剣を持ち、樹弘よりも前を進んだ。樹弘達が街の内部に入ると、すでにあらゆる場所で戦闘が始まっていた。先に突入した文可達の部隊もそうであるが、甲元亀と田碧に扇動された民衆も蜂起して相軍に襲い掛かっていた。

 「歯向かってくる敵だけを切れ。民衆には手を出すな。まっすぐに兵糧子を目指せ!」

 景朱麗は声を枯らしながら命令を叫び続けた。樹弘の傍にいる景黄鈴も、

 「ここにおわすは静公も認めた真主であるぞ。相軍の兵士でも武器を捨てれば慈悲をもって許される。投降しろ!」

 と樹弘の存在を宣伝し続けた。これには多少効果があり、武器を捨てて大人しく降伏をする相軍守備兵も少なくなかった。

 桃厘での戦闘は二刻ほどで終わった。文可達の部隊はあっという間に兵舎を占領し、樹弘達も相軍のささやかな抵抗を退けて兵糧庫と武器庫を制圧した。相軍守備兵からすると完全な奇襲を受けたことになり、各所でまともな組織的抵抗もできず、最終的には多くの兵士が降伏した。樹弘は無人同然となった官庁に入り、そこで甲元亀、田碧と再会した。

 「元亀様、田碧。ご苦労でした」

 「まずは上手くいきましたな。が、ここからです」

 甲元亀に言われるまでもなく、樹弘達の戦いが厳しくなるのはここからである。いずれ相蓮子と事を構えることとなる。まずはそれに備えて桃厘において兵力を増強させる必要があり、そのためにも古沃がどうなったかも重要な問題であった。

 「古沃はどうなったでしょうか……」

 「心配する必要はありませんよ、田碧。あなたの兄上ならきっと上手くやりますよ」

 心配顔の田碧を樹弘は励ましたが、樹弘としても気が気ではなかった。


 話を古沃へと移す。時は樹弘達が桃厘を攻めたのと同じ頃である。

 樹弘達と別れた後、古沃に戻った田員は、志を共にする同士達に匿われて潜伏していた。その間も反相房の同志を増やしていき、来るべき時を待った。そこへまずは田碧の密書が届けられた。

 『あの少年が真主であったのか……』

 田員は感動に打ち震えた。この世に泉国の真主が存在したこともそうだが、それが知己の人物であると知って田員は運命というものを感じずにはいられなかった。しばらくして相季瑞がやって来て、古沃の民はさらに苦しむことになるが、相家への不満はさらに高まった。これは寧ろ田員には好都合であった。

 『この古沃を主上をお迎えする拠点とする』

 田員がそう意気込んでいたところ、無宇が尋ねてきたのである。

 「主上が近々決起されます」

 無宇は淡々と決起計画の詳細を語った。田員は思わず膝を打った。

 「まさに時機到来である。我等が邑も主上のために献じるのだ」

 田員はすぐさま決起計画を練り上げた。桃厘ほど単純ではないのは、相季瑞の存在である。相家の公子である以上、それなりに精強な兵士を泉春から引き連れて来ていた。だが救いがあるとするならば、相季瑞が古沃の人達に恐ろしいほど人気がないことであった。

 「敵となるのは相季瑞と泉春から来た連中だ。しかし、これは好機だ。相季瑞の御印をもって主上をお迎えするのだ」

 田員は計画を完全に帰すためにも父である田参に会うことにした。古沃においてやはり田参の影響は大きい。

 田参とは樹弘達と一緒に古沃を飛び出してから会ってはいなかった。田参は深夜に突如現われた息子に驚きつつも、追い返すことも捕らえることもせず家に上げた。

 田員は樹弘が真主であることと、近々桃厘に入ることを告げた。

 「嘘ではあるまいか?」

 「嘘なものですか。主上の周りにいる面々を見てください。景三姉妹だけではなく、甲様や文将軍もおられるのですよ」

 そうだろうな、と田参は唸った。

 「だとしたら、私はとんでもないことをした。真主である少年を捕縛しようとしたのか……」

 「あの頃は真主であると知らなかったのですから無理からぬことです。寧ろ、これを機に主上のために働き、先の無礼に対しての贖罪とすべきです」

 「やるか……」

 父はよく変心する。息子である田員はそれを痛いほど理解していたが、今度ばかりは変心すまいと思っていた。泉国における現状は、もはや変心を許すような状況ではなかった。

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