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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
469/958

蒼天の雲~16~

 会盟は一応の終了を迎え、散会となった。樹弘は来た時と同様に印公章季と一緒に帰路につくことになった。

 「話を聞いていると、翼公は静公にしてやられたようですな」

 甲元亀は会盟で話された一部始終を聞いてそう結論付けた。

 「僕もそう思います。斎公を預かることで次の会盟での主導権を握ることができる。翼公が消極的なのをいいことに出し抜いた感じですね」

 静公は覇者となる意思を明確にしたのではないか。樹弘にはそう思えた。

 「ふむ、左様ですな」

 「僕の中で静公という方は、弁才をもって僕達他の国主達をまとめ上げるような人だと思っていましたが、今回の会盟での静公は老獪というか強引というか……」

 老獪と強引は決して相容れない言葉である。しかし、その二つが静公に同居しているのを樹弘は見たが気がした。

 「ま、静公もここが覇者へと成れる好機であると判断したのでしょう。翼公が慎重過ぎたというか」

 「兎も角、これで義軍の結成はなくなったし、しばらくは安心かな」

 「それはそうですが、ちょっと厄介なものを主上も引き受けたじゃないですか?」

 景蒼葉が並行するように走っている馬車に視線を送った。そこには斎治の娘斎香とその従者が乗っていた。

 「別に僕は身柄を引き受けたわけじゃない。あっちが勝手に付いてきたんだ」

 斎香と従者の和交政が樹弘の宿営地を訪ねてきたのは、樹弘達が出発しようとしていたまさにその時であった。

 「主上、斎香様が泉春にいる知り合いに会いたいと申しておりますので、ご同行いただけますでしょうか?」

 樹弘と斎香の間を取り次いだのは、厳侑の商店の番頭であった。彼を困らせるわけにはいかなかったが、斎治の娘が泉国に来るというのもこの状況では問題であった。樹弘が返答を渋っていると、

 「では、私共が勝手に泉公の軍勢の近くにいるということでしたら問題ありませんでしょう?」

 番頭のすぐ後にいた斎香が機転を利かせたようなことを言ったので、樹弘は渋々了承した。


 界国を出て静国を経由して泉国に入った。そうなると斎香は安心と思ったのか、泉国での最初の宿営地である桃厘に到着すると斎香は樹弘の下を訪ねてきた。

 「ご挨拶がまだでしたわね、泉公。私は斎香と申します。こちらは従者の和交政」

 斎香は国主の娘らしく動作の一つ一つに気品があった。界国の宿営地で会った時は蓮っ葉な印象を持ったが、貴人としての典雅さは持ち合わせているようであった。

 「泉公樹弘です。今更ですが、よろしいのですか?このような状況下で御父上の傍におられないので……」

 「構いませんわ。私にとって父は縁の薄い人でありますし、父も私のことを娘とは見ておりません」

 斎香はどこか寂し気であった。口では冷たいことを言いながらも、そうなってしまった現状を悲しく思っているのだろう。

 「ご家族の事情はそれぞれおありでしょう。ま、こうなっては仕方ありませんね……ってどうかしました?」

 斎香がまじまじと樹弘のことを見ていた。

 「いえ、噂に違わぬいい男ですわね。惜しかったですわ。もう少し早ければ私が泉公夫人に名乗り出ておりましたのに」

 斎香は辺りを憚ることなく言った。景蒼葉などは目を見開いて度肝を抜かれている様子であった。

 「それは惜しいことですね。僕は先頃結婚しましたし、公妃は妊娠しておりますので」

 「存じております。それに私、泉公よりも先に素敵な殿方にお会いしておりますので。実はその方に会いに行くことにしていますの」

 「ほう。どなたです?」

 「劉六様です」

 予期していない人物の名前が出てきたが、よくよく考えれば意外でも何でもなかった。劉六を泉国に亡命させるように厳侑に頼んだのは、他でもない斎香なのである。

 「はは、劉六殿ですか」

 「あら、御存じなのですか?」

 「ええ。劉六殿には泉国の医療行政について色々と手伝ってもらっています」

 流石先生です、と斎香は手を打って喜び、劉六のことを褒め称える賛辞を並べた。

 「先生は中原きっての傑物です。知恵は永久に湧き出る泉のようであり、知性は中原で比類なき鬼謀を持ち合わせております。まさしく私の夫に相応しい方です」

 「夫……?お二人は結婚させていませんよね?それに劉六殿には僑秋さんが……」

 「大丈夫です。私、先生も僑秋さんも愛せる自信がありますから」

 斎香は自信満々に言った。何とも一筋縄ではいかない不思議な女性であったが、どうも嫌いにはなれなかった。

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