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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
468/963

蒼天の雲~15~

 斎治は失意のうちに界畿になる宿舎へと戻った。もともとは歴代界公の別邸であったのだが、当代界公はこれを持て余していたので斎治に提供してくれた。界公の別邸ということもあって造りには品格があり、国主が寝泊まりするには申し分のないものであった。

 しかし、他の国主が多数の軍勢を引き連れて天幕で寝泊まりしていることを考えれば、どんな豪奢な邸宅で暮らしていても、みすぼらしさをぬぐい切れなかった。

 「主上、お気を落とされてはなりません。静公は手をあげてくださいました。明日は静公がきっと他の国主を説いてくださいましょう」

 泉公の宿営地まで付き従っていた結十は、同じ台詞で何度も励ましてくれた。しかし、斎治が気落ちしているのは泉公を説けなかったことではなかった。

 「余は初めて泉公に直に接した。以前、北定は余と泉公では徳が違うと言っていた。その意味が分かったような気がした」

 「主上……」

 「だからと言って、はいそうですか、と引き下がるわけにはいかん。董阮、危険を承知で頼みたいことがある」

 「何なりとお申し付けください」

 「今より斎国に帰り、少洪覇と会って反尊毅の旗を揚げるように説いてくれ。新莽でもよい。とにかく斎国内で余に味方してくれる者達の火種を消さぬようにして欲しい」

 斎治の中で何かが変わった。斎公という地位を笠に着て他者に縋るだけではなく、自らも動く必要を痛切に感じていた。

 「承知しました。かつて費資様や費俊様、そして北定様が為されたようにできますかどうか自信はありませんが、全身全霊の力を込めてやってみせます」

 言うや否や、董阮は立ち上がり、瞬く間に旅装を整えていた。

 「では、主上、慶師でお待ちしております」

 「頼んだぞ。余も力の限りを尽くして国主達を説いてみせる」

 「はい。結十、主上を頼んだぞ」

 「分かっている、董阮。死ぬなよ」

 「当然だ。生きて主上とお前をお迎えするさ」

 失礼します、と董阮は立礼しして宿舎を飛び出していった。彼の背中を見送った斎治は、ようやく活力が戻ってきたような気がした。


 翌日、会盟二日目。

 議論は相変わらず平行線をたどっていた。斎公は汗を流しながら窮状を訴えるが、尊毅討伐を支持するのは静公のみであった。その静公も単独ではやらぬと言い、議論はまるで進展しなかった。

 『埒が明かぬ』

 ここで後数日語り合っても何も進まぬだろう。斎公は思い切りのある提案をした。

 「このままでは数日、数週間話し合っても意味がありません。ここは義王に目通り願い、ご裁可を戴くべきではありませんか」

 義王が勅許を下したとなると、各国主達も従わざるを得なくなるだろう。斎治としては考え得る最後の手段であった。

 「それに及ばぬ。すでに義王におかれましては、この会盟こそ我が意であると表明されておられる」

 界公が間髪容れず言った。それまで界公がろくに口を開くことがなかっただけに斎治は目を丸くして驚いた。

 「しかし……」

 「義王の宸襟を騒がしてはならぬ」

 取り付く島もなかった。斎治以外の国主達も流石に訝し気に界公を見ていたが、界公は気にする素振りはなく、また黙り込んでしまった。

 「確かにこのままでは議論だけが繰り返されて先に進まぬ。ひとまず今回はこれで散会と致しましょう。斎公は俺が客人として預かり、斎国の情勢を見極めたうえで再度会盟を開催するというのはどうであろう」

 静公の提案に斎治は息を飲んだ。もしこの提案が通れば、すぐに尊毅討伐の義軍が結成されることはなくなる。斎治が故国に帰る時機が遠のいてしまう。

 だが、同時に今はそれが妥協点であるかもしれぬとも思った。このまま議論を進めても何も進展しないだろう。それならば静公の下で客分となり、捲土重来を待つべきかもしれなかった。

 「私としては異存はない」

 泉公が即答した。それに続いて印公も賛同をした。龍公と極公は翼公の様子を窺っていた。翼公は口を横一文字に結びながら目を閉じて思案している様子であった。

 「翼公のご意見は如何?」

 静公が促した。翼公の意見次第で、会盟としての結論が決まる。

 「いや、余としても異存はない。だが、次に会盟を行うとしたら、再び義王の名前で行ってもらいたい。それが条件だ」

 「勿論でありましょう」

 翼公の示した条件に静公が賛成したことで議論は決した。尊毅討伐の義軍は結成されることなく、静公が斎公を預かることとなった。 

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