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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~11~

 樹弘と章季は翼公の宿営地に到着した。そこには翼国の軍旗だけではなく、龍国と極国の軍旗も棚引いていた。

 『翼公は龍公と極公を味方に引き入れたか……』

 龍国と極国が和解した経緯を考えれば無理もなかった。樹弘達が翼公の天幕に入ると、翼公は上座にどっしりと座っており、その両脇には龍公と極公がいた。

 「翼公、それと龍公と極公。皆さま、お久しぶりです」

 樹弘は膝をついて翼公に拝手した。続いて章季がそれに倣い、樹弘の隣で膝をついた。

 「久しいな、泉公。健勝そうでなによりだ。そちらが印公かね?」

 翼公が慈しむような眼差しを章季に向けた。

 「は、はい。始めまして。印公章季です」

 「そう畏まることはない。余が翼公楽乗だ。ふむ……確かに章穂様によく似ておられる」

 「翼公は母をご存じなのですか?」

 「何度かお会いしたことある。良き女性であり、良き国主であられた。印国のことは残念であるが、再び良き国主が着任したことを祝しよう」

 「ありがとうございます」

 「本来であるならば、余が仲裁すべきであったかもしれない。章海は教え子だからな。だが、いや、だからこそか、余は手を出すのに躊躇ってしまった」

 印国の問題について翼公には翼公の思惑があったようである。しかし、章海と深い関わりを持ってしまった翼公としては章海を断ずることができなったのだろう。

 「ま、余が手をこまねいている間にそこの泉公が上手くまとめてしまった。見事な形でな」

 翼公は今度は樹弘にやや厳しい目を向けた。それが翼公なりの嫉妬であることは樹弘も理解していた。

 「やはり末恐ろしい男だ。わずか数年で相房を倒し、泉国を見事に復興してみせた。それどころか泉国の長年の懸案であった伯とのことも決着させたし、印国での紛争も解決してみせた。余が二十年、いやそれ以上の月をかけて成し遂げたことをことも簡単にやってのけるのだからな」

 「すべては翼公をはじめ学ぶべき国主がおられるからです」

 樹弘は本心で言った。翼公は鼻で笑ったが、満更でもなさそうであった。

 「余は常々、嫡子の楽清には余が亡くなり翼国に大きな動乱が起った時には泉公を頼れと言っている。龍公も極公も、そして印公もそれに倣うことだな」

 「翼公、御冗談もほどほどに。私にはそれほどの器量はありませんし、翼公にはまだまだご健勝でいてもらわなければ困ります」

 むず痒くなるような世辞を言ったのも樹弘の関心を買うためのものであろうか。樹弘としてはこの場で翼公の本心を問い質しても良かったのだが、夜が更けてきたのでひとまず今日のところは散会となった。


 樹弘と章季は、龍公、極公と共に天幕を出た。章季は彼らに再度挨拶をした。二人も章季に国主就任の祝いの言葉を送った。

 「それにしても泉公は凄い。翼公からあれだけの賛辞を贈られるのですから」

 龍公は感嘆の声を漏らした。それに極公が続いた。

 「それにあの翼公を前にしても堂々としておられる。俺なんぞ、あの方の前に出ると未だに緊張する」

 「僕でもまだ緊張しますよ」

 四人の国主がそのような話をしているうちに龍公と極公の天幕が見えてきた。

 「それでも泉公、印公。我らはここで」

 「また近いうちに飲みましょうぜ」

 二人はそれぞれの天幕に消えていった。数十年不倶戴天の敵として戦ってきた国の国主が今や隣同士の天幕で寝泊まりしていた。

 「翼公の徳望は凄い。犬猿の仲であった両国の仲介をし、今や隣同士に天幕を建てされるんだから」

 樹弘の見地では覇者に近いのは間違いなく翼公であった。中原においてなし得たことの大きさと多さを考えれば、静公よりも翼公の方が一歩も二歩も進んでいた。

 しかし、と思うのは翼公の年齢である。翼公は各国国主の中でも最年長である。中原において覇を唱えていくにしては年を取り過ぎていた。

 「樹弘様は翼公が中心となって斎国救済が行われると思いますか?」

 「どうですかね。翼公は腹が読めない人だから。でも、あの方は覇者に相応しい人ですよ」

 樹弘は本心で言った。しかし、章季はどうでしょうか、と疑問を呈した。

 「翼公は偉大な方ですが、私が樹弘様も十分覇者に相応しいと思いますわ」

 「お世辞でも嬉しいですよ」

 樹弘は苦笑しつつも、章季の言葉を嬉しく思った。

 「いえ、世辞ではありません。翼公も仰っていましたが、短い時間で泉国を復興させ、伯の問題も解決されました。そして、印国も救ってくださいました。樹弘様も十分覇者となる素質をお持ちでございます」

 「僕が覇者ね。そう言ってくれる気持ちは嬉しいですけど、僕はどうも柄じゃないですね。国主でもなんとかやっている状況なんですから」

 樹弘としては本当に国主の仕事で手一杯であった。各国の国主の中心で全軍を指揮するなど想像もできないことであった。

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