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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
463/962

蒼天の雲~10~

 界国は誠に小さい。界国に入ったと思ったら、三日後には界畿が見えてきた。界畿は邑としては非常に小さく、以前樹弘が訪れた時には義王がおわす義央宮があるにしては賑わいに乏しいという印象を持った。

 しかし、今は違っていた。すでに界畿の周囲には会盟に参加にしている各国の軍が駐留しており、樹弘が見る限りには静国の軍旗が棚引いていた。当然これに他の国の軍勢も加わることで、各国の商人達がここぞとばかりに集まってくる。界畿は一気に中原有数の商都となっていた。

 「我らの軍もここで宿営だ。印公にもお伝えしてくれ」

 印国の軍は船での移動もあったので百名に過ぎない。泉国軍と一緒に宿営することになっていた。

 軍が停止し、将兵達が宿営地の造営に取り掛かった。その間を利用して樹弘は章季を連れて、まずは目の前の静国の宿営地を訪問した。臣下達と酒を酌み交わしていた静公は、快く二人を迎えてくれた。

 「静公、お久しぶりでございます」

 「おお、泉公!久しぶりだな、伯での一件以来か?息災で何よりだ」

 静公は樹弘の肩に手をまわし、まるで旧友と再会したようであった。

 「で、そちらのお嬢さんが新しい印公かね?」

 静公が章季に目を向けた。

 「はい。印公章季と申します。以後、お見知りおきください」

 緊張しているのか、章季は身を堅くしながらも丁寧に頭を下げた。

 「そんな畏まらなくてもいい。先輩後輩はあっても同じ国主だからな。お近づきの印に一献どうだね」

 静公が新しい杯を差し出すと章季は躊躇うことなくそれを受け取った。静公は満足そうに酒を注ぐと、章季は何度か杯を傾けて飲み干した。

 「ほう。やるね」

 「章季さんはこう見えて酒豪ですよ」

 章季は泉春にいた時も勧められれば酒を口にしていた。それなりの酒量を注がれても酔った様子を一度も見せたことがなかった。

 「樹弘様、そんな……」

 「そういえば章季殿が印公となるのに泉公が尽力したんだったな。お前も国主としての風格が出てきたじゃないか」

 「印国のことはたまたまです。章季さんには悪いけど、本来僕は他国のことに関わるのを避けたいと考えていますから」

 「ふん。それもひとつの考えだが、それでも会盟に来た理由は?」

 「関わりたくないのならないで、ちゃんと皆様の前で言うべきだと思ったんですよ」

 「ははっ。相変わらず泉公は真面目だ」

 静公は笑い声をあげたが、目は笑っていなかった。樹弘のことを探るような真剣な目を向けていた。

 「さて、宴はまた次の機会にしましょう。翼公の所にも挨拶をしに行かなければならないんで」

 樹弘は長居は無用とばかりに席を立った。

 「爺さんのところなんていいだろう。もう少し飲んでいけ」

 「そうもいきませんよ。印公のことを紹介しないといけませんし」

 「ふん、まぁいいか。会盟が終わるまでにはじっくりと一献傾けようじゃないか」

 「そうですね、ぜひ」

 印公のお嬢さんもな、と言う静公の声を背にして樹弘と章季は静公の天幕を後にした。

 そのまま二人は翼公の宿営地に赴いた。その道中、章季は樹弘に顔を寄せて囁いた。

 「あの……よろしいのですか?静公はまだ私達とお酒を飲みたかったようですが……」

 「あれでいいんですよ。静公は僕達の動向を探りたかったんですよ」

 「動向?」

 「僕達が斎公を助けるために動くのどうかということですよ」

 章季が分からないというような顔をしていたので、樹弘は補足した。

 「静公は覇者とならんことを欲しているんですよ。今回の事はまさにその好機なんですよ」

 「覇者ということは、義王に代わって中原の秩序を司ろうということですか?」

 「静公だけじゃない。これから会う翼公もだよ。お二人は仲はよろしいが、互いに覇者にならんとしている」

 当然覇者となれるのは一人しかいない。そうなれば自分を支持してくれる有力者を味方につけたいと思うだろう。その有力者とは自分であるという自覚が樹弘にはあった。

 「僕は翼公にも静公にもお世話になった。自慢じゃないが、泉国は翼国や静国に負けない大国だ。言ってしまえば、僕を味方につけた方が覇者に近づくんだ」

 決して自己肥大として言っているわけではない。樹弘の冷静な視線がそう分析させていた。

 『それに会盟で多数決になった場合、章季さんは僕と意見を合わせるだろう。それを見込むからこそ、静公は章季さんを巻き込もうとした』

 静公は大恩ある人だが、樹弘としては自国民を守る最善の選択をしなければならない。そのためには静公や、これから会う翼公の意図に反する必要があった。

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