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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~7~

 会盟に参加せよという勅使が界畿から各国へと派遣された。泉国の樹弘もその勅使を迎えることになった。当然ながら初めて迎える勅使である。

 「泉公樹弘に義王からの勅諚を下げ渡す。謹んで拝領し、義王の御心に従うように」

 勅使が上座。下座に座る樹弘が勅使の差し出す勅諚を膝をついた状態で拝領し、押し頂いたまま下座へと下がる。

 「謹んで拝領いたします」

 樹弘が大きな声で歌うように言った。ここまでが型通りの作法である。事前に教えられていたこととはいえ、初めて行う仰々しい作法を無事にこなせて樹弘はひと息ついた。

 「では期日までに界畿に来るように。ゆめゆめ遅れぬように」

 勅使は即答を求めなかった。だからといって回答を待つというわけでもなく、勅諚を渡すだけ渡してさっさと帰っていった。

 「彼らは単なるお使いなのでしょう。それとも義王が命じれば誰もが従うということを信じて疑っていないかです」

 やや拍子抜けした樹弘に甲朱関はそう言った。その通りだとすれば、界国の人材は底が浅いと言わざるを得ないだろう。

 「ということは別に参加しなくてもいいということか?」

 「難しいところですね」

 「とにかく閣僚を集めてくれ。善後策を図りたい」

 承知しました、と甲朱関は拝手して頭を下げた。


 閣僚達はすぐに朝堂に参集した。丞相である甲朱関と式部卿を除く六官の卿。そして武人として左将軍文可達、右将軍田員、左中条相宗如が揃った。国主である樹弘の傍には景蒼葉が控えている。これが泉国の政治中枢を担う閣僚達であった。

 「急な参集、ご苦労様です。委細は丞相より聞いているだろう。まずは皆の存念を聞きたい」

 樹弘という君主は、朝堂の席で自分の意見を必ず後回しにしていた。それは臣下達が意見を言いやすくするための配慮であった。

 「斎国の国情についてはこれまでも検討されてきましたが、やはりかの国は我が国と国境を接していません。深入りするのは我が国にとっては利はありません」

 大蔵卿である岱夏が先んじて発言した。甲元亀からその才能を認められて大蔵卿に就任しただけに、財政面における彼の手腕は見事なもので、泉国の財政は健全に潤っていた。樹弘も岱夏とほぼ同じ意見で、できれば会盟などに参加せず、斎国のことも静観しておきたかった。

 「しかし、義王から勅使が来たとなれば、そうもいきますまい。実情はどうあれ、我が主は義王の臣下です。義王の勅命に従わないというのは中原における信義に反するのではないでしょうか?」

 そう発言したのは中務卿の水玄であった。中務卿の仕事は国事行事や祭礼などを司る役職であり、これまであまり政治的な発言をしてこなかったが、義王が絡んだこととなると言わざるを得ないのだろう。樹弘としては水玄の言うことも理解していた。

 ただ義王という存在は樹弘の中ではひどく薄かった。自分が泉公となった時に、それを承認したもらうために一瞬御簾越しに対面したに過ぎない。もともと義王の威信というものが翳り初めて久しいというのもあるが、市井から身を起こした樹弘からすればますます薄らいだ、まるで目視できない存在でしかなかった。

 「各国の国主はどのような反応なのでしょうか?」

 民部卿の田璧が丞相への甲朱関へと目を向けた。外交は丞相の管轄である。

 「各国の国主の動向はまだ判明していません。しかし、少なくとも斎国と国境を接している翼公と静国は何か動きを見せるでしょう」

 甲朱関はそう言うが、樹弘は斎国問題について翼公、静公と書状を通じて情報を共有し、意見を交わした。両公とも領土に侵略して来ない限りは不干渉という意思を示していた。しかし、義王の声がかりで会盟が行われるとなると話は別となってくる。

 「両公の同行を確認してからでは義王が示した期日には間に合わない。結局、我らがどうするかだな」

 閣僚達の意見を聞き、樹弘は迷っていた。できることならば関わらない方向で行きたいのだが、中原の国主として中原全体に飛び火ししそうな問題を座視しておいて良いものかどうかという考え始めていた。

 「主上、よろしいでしょうか?」

 ここで手を挙げたのは文可達であった。根っからの武人である彼は、政治的な話の時は一切口を開かなかった。だからなのだろうか、文可達は太い腕を遠慮がちに挙げていた。

 「どうぞ」

 「私は行かれるべきだと思います。主上は泉国のことを考えて、あまり斎国の紛争に関わりたくないご様子とお見受けしました。しかし、斎国の問題が中原全体へと広がりかねないのなら、主上が会盟に赴き、各国国主と意見を合わせて問題に当たられるべきです。また、斎国単独の問題であるならば、会盟の場で堂々とそれを主張し、我が国は関わらぬと宣言されるべきではないでしょうか」

 要するに会盟に行ってそこで判断し、泉公としての立場を鮮明にすればいい、ということなのだろう。確かにそれが最適解かもしれない。

 「文将軍の言うとおりだろう。自国の利益ばかり追っていて災いの種火を見逃せば、いずれ大火となって我らを襲ってくるかもしれない。斎国で起こっている火事が種火で終わるのか、大火となるのか見極めてくる必要がある」

 しばらく泉春を留守にすることになるが、家臣達を絶対的に信頼しているのでその点は心配なかった。心配しているのは会盟に出かけた時に助言をしてくれる人物のことであった。

 本来であるならば公妃である樹朱麗を連れて行きたかった。樹朱麗の見識は折り紙付きであるし、政治的な助言についても絶大な信頼が置けた。そして丞相時代には泉春から動けなかったこともあったので公妃を物見遊山がてらに泉春から連れ出してあげたいという願望も樹弘にはあった。しかし、懐妊しているとなればそれも難しいだろう。

 『適任が……一人いるな』

 思いついた人物が幸いにして泉春宮に来ているはずである。閣僚達に解散を命じた後、樹弘は公妃の寝室へと足を運んだ。

 

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