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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
459/961

蒼天の雲~6~

 斎香が認めた紹介文は効果があった。界公夫人から界公へと話が伝わり、界公が会うと言ってきたのである。

 手を打って喜んだ斎治は、使者に案内されて界公の住まう屋敷へ赴いた。待たされることなく界公と対面することができた。

 『これが界公か……』

 当然ながら斎治にとっては初めて見る界公の姿であった。青白い顔色で、芝居の面のように表情がなく、外見からは年の頃も判然としなかった。ただ男であるということしか分からなかった。

 「斎治でございます」

 「界仲です」

 界公―界仲は端座しながら名前だけを告げた。存外、よく通る声である。界公は名乗っただけで何も言わず、じっと斎治のことを見つめていた。自分から話を切り出すということはしないらしい。

 『界公が能動的ではないというのは事実らしい』

 本来、界公というのは義王の腹心としてもっと積極的に各国の状況について知り、動きべきではないのか。それが長年、界国国内で義王を擁し、各国から送られてくる金銭で豊かな生活を送ってきたことへの見返りではないのか。斎治は呆れと怒りが同時に湧いてきた。

 「界公もお聞き及びかと思いますが、私は条家を討ち、国主の座と斎国の国号を取り戻しました。しかし、臣下の尊毅なる武人に背かれ、斎国を去る憂き目に遭いました。このような不正義が中原において許されるでしょうか。私は断じて否と思っております。速やかにこのことを義王に上奏し、尊毅討伐を各国にお命じください」

 斎治は怒り抑えて一気に話した。界公はその間、身じろぎもせず聞いていた。

 「界公!」

 「斎国の状況については理解しております。しかし、斎公も存じておりましょうが、今の義王には諸国の国主に号令を出し、義軍を結成するだけの名声も力も金銭もありません」

 界公の表情が初めて揺らいだ。おそらくはそれが界公の本心なのだろう。

 「そんな……」

 「斎公も存じておりましょう。二百年前ですら、義王は条元に屈して公の爵位と国号を授けたのです。今となっては、義王を崇め敬し、義王こそが中原で正義を実現できる唯一の存在であると思っているのは我と斎公のみです」

 界公の表情は相変わらず乏しい。しかし、わずかに悲しみの色が見えたことに斎治は呆れを捨て、怒りを治めた。

 「なんと悲しきことだ。今の中原にはどこにも正義がないのか……」

 斎治は落涙した。界公も目頭を袖で抑えていた。

 「ですが、手がないわけではありません」

 「それは?」

 「義王には奏上致します。そして義王の命として、会盟を開くのです。そこで国主達に尊毅なる武人の不義を解き、軍を起こされるのです。翼公や静公は、覇者とならんことを欲しているという。それを利用するのです」

 なるほど、と斎治は思った。義王に求心力がないのなら、衆望を集めている国主を立てて音頭を取らせればいい。

 「私は亡命の身。今は義王と界公に御すがりするしかありません」

 「では、早速に義王に奏上致しましょう」

 望んだ形ではなかったが、これでようやく斎治は一筋の光を見たような気がした。斎治は頭を低くして、立ち上がった界公を見送った。


 斎治が去ると、界仲は義央宮へと向かう前に家宰の賈潔を呼んだ。賈潔は呼ばれることを分かっていたのかすぐにやってきた。

 「お前からの情報通り斎公が来た。尊毅を討つ義軍を起こして欲しいと言ってきた。どう思うか」

 「すべては予定通りと言ったところでしょう。それで会盟の件も?」

 「言った。斎公は納得した。馬鹿な男だ」

 界仲は鼻で笑った。その眼には底知れぬ意地悪さが滲み出ていた。

 「問題は他の国主達が会盟に応じるかです。これがうまくいかなければ、元も子もありません」

 「如何にもそうだが、その時は応じなかった者を不忠と謗ればいい」

 「使者と供に各国の世論を煽る間者を派遣しましょうか?」

 「そうしよう。これで会盟が成功すれば、義王が再び中原において復権なされる時代が来る。そうなれば我も……」

 「中原の中心は義王と界公でなければなりません。それが古来よりの中原のしきたりでございますから」

 「尤ものことだ。さて、斎公も待ちわびておろう。義央宮へ行ってくる」

 賈潔が平伏して界仲を見送った。義王から各国国主への勅許はその日のうちに下された。

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