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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
457/959

蒼天の雲~4~

 界国。

 中原のほぼ中央に位置するこの国は、面積としてはまことに小さい。しかし、中原唯一の君主である義王がいる義央宮があり、界公は義王への取次ぎを行っていた。そのため義王へと献上される金銭も界公を通じてなされ、当然ながらその献金の一部が界公の懐に入っていた。豊饒な農作地もなければ、誇るべき特産物をもたない界国の大きな収入源であった。

 また中原の各国を行き来するには界国を通過するのが便利であるため、通行人から徴収する通行料もまた界国の経済を潤していた。そのため一時期は界国ほど潤った国はないとされてきた。

 政治的には義王が中原の君主である以上、中原の政治について責任を持っているのは他ならぬ義王であった。各国の紛争についても義王が裁定し、各国の国主はそれに従うのが中原の規則となっていた。

 しかし、そのようなことは過去の話であった。現在では義王は信望と力を失い、儀礼的な存在になってしまった。それにつられて界公も存在意義も取次ぎ係程度までに下落した。

 斎国を脱出した斎治は、その義王と界公に縋ろうとしていた。斎治が助けを求める相手に義王と界公を選んだことには斎治なりの理由があった。

 斎治は自分の正義を信じていた。その正義とは斎公こそ斎国の主権者であり、それを追放して国家の主権を犯した尊毅が大悪人であるということであった。中原の古来からの祖法であればまさにそのとおりであり、その祖法の乱れを正し、正義を実現できるのは義王しかいない、というのが斎治の認識であった。

 『それに翼公や静公を頼ればそれは私戦になる。尊毅を倒して斎国に返り咲いたとしても傀儡になるだけだ』

 やはり頼るべきは国主が盟主と崇める義王しかいない。斎治は懐古的な正義を信じ、界国へと足を向けた。

 界国の国都である界畿に到着した斎治達は、初めて訪れた中原の首都と言うべき街にやや失望した。

 「これが界畿か……」

 街の規模であれば慶師の方が遥かに上であった。遠くにそびえる義央宮を除けば、建築物は非常に貧相であり、行き交う人々の姿も疎らであった。

 「かつての界畿の姿は知りませんが、これが現状です」

 かつて斎興に供をして界畿で過ごしていた結十からすれば見慣れた風景であった。

 「本当に義王は頼りにできるのだろうか?」

 斎治は界畿の現状を見て心細くなってきた。

 「軍事力という点ではまったく頼りになりません。しかし、中原の王として義王には各国の国主に命令を下すことができます。それに期待致しましょう。さぁ、参りましょう。董阮が待っております」

 董阮もまた界国に長らくいたので、知己が多い。それに斎治の娘である斎香が界国にいるはずである。拠る術はいくつかあることは、残された数少ない希望ではあった。

 董阮とは界畿での定宿で合流した。結十が首尾を問うと、董阮は厳しい顔をした。

 「あまりよろしくない」

 「どういうことだ?」

 斎治が身を乗り出して聞いた。

 「界公の家宰である賈潔殿にお会いした。主上の窮状を訴えはしましたが、機会があれば奏上すると言うばかりで、具体的なお話をいただけませんでした」

 「それには何か理由があるのか?」

 「これという理由はありません。もとより界公は中原で起こっている紛争については無関心で、義王の最側近として中原の政治に対して責任を持とうという気概がありません」

 「何ということだ……。もはやこの中原に正義は存在しないのか」

 斎治は天を仰いで嘆いた。

 「どうにかして義王に直接お目にかかることはできないものか」

 結十は思い切りのあることを提案した。現在の中原の慣習として、国主であっても直接義王に目通ることはできない。必ず界公を通さなければならなかった。

 「それは界公を動かすよりも難しいだろう」

 董阮はにべもなかった。結十は腕を生み、思案していた。しばらくの沈黙が続いた後、結十が何事か思いついたように口を開いた。

 「そういえば斎香様の居場所は分かっているのか?」

 「分かっている。以前、我らが過ごしていた寓居にいらっしゃる」

 斎香がどうしたのか、と問う斎治に結十は顔を向けた。

 「斎香様は界公夫人と仲がよろしゅうございました。もしかするとそこに突破口があるかもしれません」

 結十が言うと、斎治の目に輝きが戻った。

 「それしか道がないのなら、その道を進むだけだ。斎香がいる寓居に案内してくれ」

 結十としてもそれしかないと思えた。ともかくも今は行動するしかなかった。

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