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七国春秋  作者: 弥生遼
蒼天の雲
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蒼天の雲~3~

 泉国は祝福に包まれた。公妃の懐妊は延臣だけではなく、泉国国民なら誰しもが待ち望んでいたことであった。各地から祝福の言葉や品物が届けられ、それらを携えてやって来た者達の列が泉春の城壁を何重にも取り囲むような事態になった。

 「気持ちがありがたいが、これでは泉春の日常が停滞するし、朱麗への重圧にもなる。丁重にお帰りいただくように取り計らってくれ」

 樹弘は丞相の甲朱関に命じた。それでも人の列が完全になくなるには一週間ほどの時間を要した。

 その間も樹弘は淡々と日々の政務をこなしていった。ここ数年、国内における大きな課題はなかった。かねてよりの懸案であった医療体制の拡充は、劉六の手伝いもあって飛躍的に進捗している。問題は国外にあった。特に樹弘は斎国の情勢を注視していた。

 「北定という臣が帰ってから一年経つが、情勢がどんどんと悪くなるな」

 樹弘は密偵である無宇から届けられる報告書を一読すると、丞相の甲朱関に渡した。すでに斎国の国主である斎治と尊毅の軋轢が表面化し、近く爆発するであろうと無宇は書き記している。

 「もはや誰も尊毅という武人を抑えることはできないでしょう」

 「戦になるかな?」

 「おそらくは。問題はどちらが勝つかです」

 「そうだな。斎公が勝てばよし。尊毅が勝てば問題だぞ。臣下が国主に戦で勝ってもろくなことはないからな」

 樹弘は尊毅という武人の姿を相房に重ねていた。主君であった泉公を討ち、自ら国主となった相房。尊毅も相房のようになるのではないかという危惧が樹弘にはあった。

 「軍の動員がすぐにできるようにはしておりますが……」

 発言したのは兵部卿の蘆明であった。泉国では有事に備えてすぐに五千名規模の軍を動員できるようになっていた。

 「いや、まだしばらくは様子見でいい。斎国は我が国と国境は接していないし、仮に尊毅が斎治に取って代わって国主になっても、すぐに他国に攻めるような真似はしないだろう。ただ国境の警備は厳重に」

 「承知しました」

 「それにしても斎国というのは奇々怪々だ。原始の七国のひとつから国号を奪った条国が二百年近く盤石の国家を築き上げた一方で、本来の国主であるはずの斎家が政権を取り戻したのに早くも滅びの危機に面している。国家の興亡とは分からないものだ」

 樹弘は常に他国の騒乱を自戒の種としていた。他国で起こりうることは自国でも起きるかもしれない。樹弘という君主はいつもそのことを胸にしていた。

 「無宇からの報告だけで判断すれば、斎公は薄徳の人と言わざるを得ません。斎国復興のために知恵を巡らし、戦ってきた者達に対して冷淡であったようです。斎公の徳が尊毅の野望を抑えきれないのはそのためです」

 甲朱関の分析は樹弘の思いと同じであった。国主となった斎治は、我が子である斎興を猜疑し、直諌の臣である北定を疎んじ、内助してきた阿望夫人にも見捨てられた。謂わば斎治は自らの手足を切り捨てたようなものであった。

 「斎公は国権を回復して驕ったのだろう。僕自身、それは常に戒めてきたことだ。国主となったのが終わりではなく、すべての始まりなのだ」

 今のところは大きな過失なく泉国を治めていると樹弘は自負している。しかし、年がたつにつれ、自分が暴君となる可能性を恐れていた。

 「斎国はどうなりましょうか?」

 蘆明が問うた。樹弘は甲朱関の意見を聞きたかったので、彼に視線を送った。

 「斎公と尊毅のどちらが勝つかということであれば、尊毅が勝ちましょう。我が国とは違い、斎国では藩制度があるためどうして諸侯の力が強い。そうなれば私的な軍事力を有する尊毅が諸侯の衆望を集め、動員できる兵力も大きくなります。それ以上に斎公が兵力を動員できるとは思えませんので、尊毅が勝ちましょう」

 流石はもと軍事畑を歩んできたことがある。甲朱関の分析は秀逸であった。

 「そうなれば斎国は乱れるかな?尊毅の政治手腕が未知数だが……」

 「問題はそこでありましょう。尊毅に治者としての才能があれば、斎国はある程度は治まりましょう。あとは斎公の動きです。あくまでも斎公が尊毅に抵抗し続けるとなれば、そう簡単に泰平の世は来ないでしょう」

 「まだ斎公が負けると決まったわけではないが、その公算が大きい以上、斎公の動きは注視しておいた方がいいな。引き続き無宇には斎国を探索するように命じよう。それと翼公と静公との連絡も密にな。いざ有事となれば、真っ先に動くのは両国だ」

 あるいは尊毅との戦に敗れた斎公が翼国か静国に亡命するかもしれない。そうなれば騒乱の火種は斎国国内から中原へと飛び火する。樹弘としてはその火種から泉国を守る算段をしなければならなかった。

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