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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
452/960

泰平の階~132~

 新莽軍大敗す。

 その情報をいち早く知ったのは赤崔心と戦闘を繰り広げていた千綜であった。千綜は赤崔心とほぼ互角に戦っていたが、新莽軍の敗残兵から新莽軍大敗を知らされると、迷うことなく撤収を決意した。

 「このままでは慶師を守る者がいなくなる」

 新莽の行方が分からない以上、千綜としてはそれしか選択肢がなかった。素早く手勢をまとめると、慶師へと帰還した。

 千綜の帰還と同じくして新莽軍大敗の情報が慶師にももたらされた。斎慶宮は上へ下への大騒ぎとなった。なにしろ慶師を守れる戦力は、千綜に率いられたわずか五百名程度の兵士しかいなかった。

 「尊毅が攻めてくるぞ。どうするのだ?」

 朝堂ではそれのみが議題となった。丞相である坊忠は喚き騒ぐだけであり、他の閣僚は俯くだけであった。

 「和議しかあるまいよ。尊毅に大将軍の地位を認めてやるのだ」

 場を冷やすように言ったのは覚然であった。坊忠は覚然を睨んだが、その瞳の奥には誘惑に抗う苦悩が見え隠れしていた。

 「だが、一戦交えた以上、尊毅もそれだけで和議を受けれるとは思えませんな。尊毅は戦の責任を何者かに求めてくるかもしれませんぞ」

 閣僚の一人がそう言うと、視線は坊忠に集まった。斎治を差し出すわけにはいかないので、そうなると丞相の坊忠が国政の責任者として尊毅に首を差し出す事態になる可能性があった。

 「ば、馬鹿なことを言うな。そもそも尊毅との決戦を言い出したのは新莽ではないか。新莽の責任を取らせよう」

 「それこそ馬鹿な話だ。新莽は敗走して行方知らずではないか」

 「探し出せばよい!」

 坊忠が閣僚と言い争いをしている最中、斎治は一人静かにを閉じていた。こうなってしまったのはすべて己の責任であると自責していた斎治ではあったが、国主として臣下である尊毅に膝を屈することだけはしたくなかった。

 『そうでなければ斎興や北定、費俊に申し訳が立たん』

 もはや彼らは斎治の傍にはいない。しかし、斎治が国主であって欲しいと最後まで願い続けた彼らのためにも、斎公の地位を降りるわけにはいかないし、尊毅の傀儡となるわけにはいかなかった。

 『ひとまず慶師を脱しよう』

 斎治はすでに腹を決めていた。しかし、そのことをここで言い出すと、収拾がつかなくなる。口では尤もらしいことを言っている坊忠や覚然も我が身可愛さにいつ斎治を尊毅に差し出すか分からないのだ。

 「尊毅と和議をしよう。それしか方法はあるまい」

 斎治は厳かに言った。勿論時間稼ぎであり、坊忠達を油断させるためであった。


 和睦の使者を迎えた尊毅は、これを懇ろに対応しながらも、回答を保留した。項史直と佐導甫を呼んで善後策を検討した。

 「お受けすべきでしょう。これで尊毅将軍が大将軍となるのは間違いございません。むざむざ主上を敵とされることもありますまい」

 佐導甫は真っ先に進言したが、尊毅も項史直も浮かぬ顔をしていた。二人はすでにその先のことを考えていた。それは尊毅自身が国主となることであった。彼らは条家に伝わる文書を実現するつもりでいた。そのためにも斎治は邪魔な存在であった。

 『だが、すぐに斎治を追い出しのでは諸侯も納得しないだろう』

 面白くはなかったが、尊毅は和睦に応じる旨の返答をした。

 その晩、項史直が尊毅の天幕を訪ねてきた。佐導甫がいてはできぬ話をするためである。

 「主上には項泰の釈放と俺の大将軍就任を条件に和睦を応じるようと思う。主上は乗るだろうが、その後をどうするかだな」

 「そのことですが、おそら斎公は応じないでしょう」

 項史直は思わぬ意見を口にした。

 「本当か?どうしてそう思う?」

 「斎公はこれを時間稼ぎとして逃げ出すと考えております」

 「主上が慶師から逃げ出すというのか?」

 「左様です。あの斎公が簡単に屈するとは思えません」

 そう言われればそうかもしれない。斎治はこれまでの行いは不撓不屈そのものであり、尊毅の傀儡として甘んじる未来を受け入れるとは思えなかった。

 「それではまずい。すぐにでも主上の身柄を……」

 「いえ、このまま逃げさせましょう。その方がよろしいかと思います」

 「ふむ……」

 「国主は不在。そこに名声を持った殿が入城する。国都を逃げ出した無責任な斎公に代わってこの国を治めるのにふさわしいの誰か。童でも即答するでしょう」

 「しかし、逃げた主上を担ぎ出す輩もでてくるだろう。少洪覇はまだ健在であるし、新莽の生死も確認できていない」

 「確かにそのとおりでしょう。ですがここは、国権中枢の座を手に入れることを第一としましょう」

 「よかろう。精々にゆっくり進軍して逃がしてやろう」

 尊毅の視線の先には輝く未来しか見えていなかった。

 

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