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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
451/960

泰平の階~131~

 勝敗が決したと言ってもよかった。新莽軍は前後から挟み撃ちとなった。

 「少洪覇殿がやられたのか……」

 少洪覇は尊夏燐軍とよく戦ったといい。両軍は数の上では同数であり、将兵の質も優劣つけがたいものがあった。尊夏燐は、流石は歴戦の武人よ、と敵ながらも少洪覇のことを褒めつつも、攻めあぐねていた。

 両軍の形勢が一変させたのは烏道軍であった。これまで少洪覇軍の後方にいて守られていた烏道軍が突如として少洪覇軍を攻撃してきたのである。要するに裏切ったのである。

 「おのれ!節操のない卑劣漢め!」

 少洪覇は烏道のことを罵りながらも敗走せざるを得なかった。少洪覇自身、なんとか戦場を脱出できたが、軍を立て直すことができなかった。

 少洪覇軍敗北の仔細を知った新莽は、拳を握り締め天を仰いだ。

 「志の低い奴を味方にしてしまったのが運のつきか……」

 しかも烏道は尊夏燐軍の陣営に加わっているという。烏道という武人が後世まで批判と蔑みの対象にしかならなかったのは、まさにこの節操のなさのためであった。

 「叔父上……。残念ながらこれ以上の戦線維持は不可能です」

 前線で戦っていた魏介もついには耐えきれず撤収してきた。もはや鎧は半壊し、露出している肌には刀傷しかなかった。

 「魏介。動ける者達を率いてここから脱出しろ」

 「脱出するなら叔父上こそ。私がここで防ぎます故、少洪覇殿を追って夷西藩で捲土重来をお待ちください」

 「俺はもういい。若者こそ生き残れ」

 「新家の棟梁は叔父上です。叔父上が生き残ってこそ新家はあるのです」

 「しかし……」

 「時間がない……。おい!」

 魏介が声をかけると、彼の周りにいた兵士達が新莽を拘束した。

 「な、何をする!」

 「ご無礼します。いつか我らの無念を晴らしてください」

 新莽を拘束していた兵士達は、新莽を抱えたまま馬車に乗り込み、北へと向かった。それを見届けた魏介は残った将兵を集めた。

 「見てのとおりだ。軍の指揮は俺が引き継ぐ。叔父上には生きてもらわねばならない。そのために死ぬ勇気のある者だけ残れ」

 魏介がそう言うと、誰も異を唱えるものはいなかった。魏介は困ったような顔をしつつも、満足そうに頷いた。

 「分かった。だが、全員で死地に飛び込む必要はない。三百名程度の決死隊を編成し、尊毅軍に夜襲を仕掛ける。他の動ける将兵は叔父上に続いて脱出するんだ。連れて行かない傷病兵は後で降伏しろ。尊毅も武人を遇する道を知っているだろう」

 一通りの命令を終えると、決死隊の編成に取り掛かった。それが終える頃には夜になっていた。

 月は三日月。戦場を照らすには不十分であった。

 「夜襲にはまずまず」

 魏介は月に感謝した。仄かに光を発している三日月を仰ぎ見た魏介は、視線を居並ぶ決死隊の面々に向けた。いずれも魏介が認める剽悍決死の士であった。

 「貴様らにはすまんと思っている。俺の勝手に付きき合わせてしまって」

 「何を仰います。我らは武人として魏介様を尊敬しております。義のために戦い、孝のために死す魏介様のお供ができて光栄でございます」

 代表して発言したのは新莽の副官を務めていた男であった。

 「ありがたいことだ。我らここで死すとも武人としての名誉は残る。これこそ武人の本懐ではないか。行くぞ!」

 費資による決起計画から始まる一連の動乱を後世の歴史家は『斎条の擾乱』と命名している。この斎条の擾乱において、人倫における忠節というものが大いに乱れた。その中において戦場における魏介のあり方は常にさわやかで、混沌とした世の中に灯る小さな光点となった。後世の歴史家こそ魏介を武人の鑑と称賛する者も少なくなかった。

 魏介に率いられた決死隊は、尊毅軍ではなく尊夏燐軍に斬り込んだ。狙いは尊夏燐ではなく、彼女の軍に匿われている烏道であった。 

 「あの恥知らずの首を取らねば気がすまん」

 新莽軍の敗北は明らかに烏道軍の不甲斐なさであった。しかも、単に不甲斐ないだけではなく、寝返ったのである。魏介からすれば、尊毅以上に許せない存在であった。

 尊夏燐は、夜襲に対して無警戒であったわけではない。しかし、いち早く戦場に到着して連戦していた尊夏燐軍の将兵は疲れ切っており、魏介の夜襲を許してしまった。

 「騒ぐな!敵の断末魔だ!落ち着いて追い払え!」

 尊夏燐は天幕から飛び出し、声をからして将兵を叱咤した。尊夏燐軍はすぐに夜襲による混乱を収束させた。明け方には魏介をはじめとする決死隊の将兵は、悉く戦場の露と消えていた。

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