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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
449/962

泰平の階~129~

 大会戦が始まろうとしている。少洪覇軍を加えた新莽軍は南下する佐導甫軍を追った。

 「佐導甫軍を今度こそ殲滅し、尊毅軍に当たる」

 新莽は少洪覇と烏道に作戦案を告げた。和芳喜とはまだ連絡を取れていないが、佐導甫軍だけであるなら現状の戦力だけで対応できた。

 しかし、すでに佐導甫軍の陣営には尊夏燐の姿があった。佐導甫にとっては何よりもの援軍であった。

 「これは夏燐様。早々の援軍、誠にありがとうございます」

 「随分と派手にやられたな」

 尊夏燐は佐導甫軍の損害状況を見て、共闘すれば足手まといになるのではないかと考えていた。

 『寧ろうちの戦力だけでも十分戦える』

 この時期の尊夏燐は劉六の忠実な生徒であろうとしていた。猛将であった彼女の中に知性が加わり、戦場での駆け引きという点ではすでに兄を凌駕していただろう。

 「佐殿はこのまま陣を構えて防備に徹してくれ。私が出撃する」

 尊夏燐は佐導甫と相談することなく決めた。斎国における階級でいえば、佐導甫は将官であるが、尊夏燐はあくまでも尊毅の家臣でしかない。本来であるならば佐導甫が尊夏燐に命令をする、あるいは相談して当面の戦略について決すべきであった。

 しかし、斎国の規範から離れた以上、そのような階級的な上下関係など、少なくとも尊夏燐の中にはすでに消滅していた。ただ戦上手の自分に任せろという気分があるだけであった。

 「尊毅殿を待たなくてもよいのですか?」

 「止めは兄上にやってもらおう。その前に数を減らしておくだけだ」

 尊夏燐にとって従うべきは兄である尊毅だけであった。戦場における強さも自分より才能があるのは兄か劉六しかいないと思っていた。この不遜さが、後に尊家に不幸をもたらすことになるのであった。


 出撃した尊夏燐は尊毅から与えられた二千名の兵力を細分化し、新莽軍が通るであろう街道の各所の潜ませた。

 『新莽は少洪覇と合流して気が大きくなっているうえに、兄上と合流する前の佐導甫を叩こうとするだろう。当然、行軍しやすいこの街道を選ぶはずだ』

 今までの尊夏燐であったならば、真正面から新莽軍と当たっていただろう。劉六との時間で戦場における知性を磨いた尊夏燐は、奇策をもって新莽軍と当たろうとした。

 新莽軍はまさに尊夏燐の思惑通りに行動していた。少洪覇と合流した新莽は、この大兵力をもって尊毅と合流する前の佐導甫を壊滅させてしまおうと考えていた。まさかすでに尊夏燐が佐導甫と合流し、しかも自軍が行く道中に潜んでいるとは夢にも思っていなかった。

 先陣を行くのは新莽軍。半日ほどの距離をあけて烏道軍が進み、さらに半日あけて殿に少洪覇軍が位置していた。

 『狙うのなら烏道だな』

 烏道軍は数が少ないうえに、兵の質もよくない。先陣の新莽軍、殿の少洪覇軍に連絡が行って救援が駆けつけるまで一日はかかる計算になる。一日あれば烏道軍は十分に蹴散らすことができると尊夏燐は判断した。

 潜む尊夏燐軍は街道を悠々と進軍していく新莽軍を見過ごした。以前の尊夏燐ならば獲物を得たとばかりに踊り上がって攻めかかったであろうが、今は悠然と見逃した。そして翌日の明け方に烏道軍が姿を見せると、一転して猛将の顔へと変貌した。

 「攻め滅ぼせ!一兵たりとも逃がすな!」

 尊夏燐軍の将兵達は、待ちかねたとばかりに烏道軍に襲い掛かった。

 烏道軍が混乱したのは言うまでもない。指揮する烏道自身も混乱の極致に達し、家臣達の制止によってかろうじて逃げ出さなかったが、弱腰の指示しかできず、烏道軍が尊夏燐軍に蹂躙され、壊滅寸前まで追い込まれた。

 「尊夏燐に降伏する。し、使者を!」

 敵の矢が本陣にまで飛んでくるようになって、烏道は降伏を言い出した。周辺にいた家臣達は呆れてしまった。費資の密謀に参加の意思を示しながらも途中で日和見し、斎治が慶師を奪還した時は、尊毅の軍勢に脅されて義父を討伐した。今度は斎治を助けるために出撃したが、大した戦果を見せることなく降伏しようとしている。家臣の誰しもが、この主君の信念の無さに呆れる思いであった。

 だが、家臣達も優柔不断であった。このままでは戦場の露と消えるのは明らかであるが、だからと言って降伏すれば、武人の名が廃る。どうすべきかと家臣達は目くばせしながら他人の発言を待っているような状況であった。

 この状況が打破されたのは、少洪覇軍の救援であった。少洪覇軍は、烏道軍の後方にあり、半舎ほどの距離が開いていたが、斥候を広くはなっていたのが幸いし、烏道軍の危機を早々に知ることができた。

 「どうやら烏道軍が敵の襲撃を受けているようです」

 斥候からの報告を聞いて少洪覇は即断した。

 「烏道軍が壊滅してはまずい。先陣は後を気にせず全速で救援へ迎え」

 少洪覇の命令を受けて、先陣にあった騎馬隊が速度を上げて烏道軍の救援に向かった。

 この救援部隊の存在を知った尊夏燐は、あと一歩で烏道軍を壊滅できるところまで追い込んでいたが、撤収を命じた。

 「ここまでやれば十分だろう」

 尊夏燐は敵を減らすことよりも、自軍の保全を優先した。少洪覇軍の救援が到着する前に尊夏燐は華麗に軍を撤退させた。烏道軍はかろうじて壊滅を逃れたが、その数は半数近くまでに減らされていた。

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