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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
441/958

泰平の階~121~

 寝台に入りながらもまだ起きていた斎治は、突然現れた人影に声をあげそうになったが、それが董阮であると分かると、言葉を飲み込んだ。

 「董阮、生きておったのか」

 「はい。公子を失い、本来であるならば後を追うべきなのでしょうが、恥を忍んでこうして参りました」

 「そうか。それでわざわざ寝所に忍び込んできたということはただ事ではないな。どうかしたか?」

 斎治は自分の周りで起きていることの半分程度しか知らぬらしい。董阮は言い様のない寂寥感を抱きながら話を進めた。

 「主上は結十が慶師で捕らわれているのをご存じでしょうか?」

 「いや、知らぬ。どうして結十が慶師にいるのだ?」

 「では、公子が栄倉において項史直なる陪臣に拘束され、岩牢に閉じ込められていたこともご存じないのですね」

 董阮は至尊の君に対して怒りを感じていた。斎興が殺されたのは斎治の無知によるものであることは間違いなかった。

 「拘束?岩牢?興は栄倉宮の一室で丁重に扱われていたのではないのか?」

 「ああ、主上。奸臣の言を信じられるとは。公子は条行軍襲撃のどさくさに紛れ、項泰に殺されたのですぞ」 

 「何!」

 斎治は寝台から跳ね起きた。きっと平伏している董阮を睨んだ。

 「嘘を申すな。興は条行軍相手に奮戦し、敵の手にかかったと……」

 「尊毅の陪臣と、長年斎家と公子に忠誠を尽くしてきた臣。どちらをお信じになられますか?」

 この後の及んで斎治が自分ではなく尊毅を信じるのであれば、この場を辞して単身暗殺者となって項兄弟の命を奪おうと考えていた。しかし、斎治は拳を震わしながらも目からは静かに涙を流していた。

 「いや、董阮の言葉の真偽を問うまでもない。尊毅が大将軍の地位を要求してきたことと照らし合わせてみても、興の死はあまりにも都合が良過ぎる。余はそのことに頭を働かすべきだった」

 「主上……」

 「もう遅いかもしれんが、どちらにしろ興の死に対して項兄弟と彼らの主君である尊毅には責任がある」

 斎治は意を決していた。たとえ尊毅と対立することになっても斎興の死に対する責任を明確にしなければならない。新政を崩壊しかねないことではあったが、やらねばならぬと斎治は強く決心していた。


 翌日。斎治と董阮の密会など知らぬ項泰は、朝堂に召されていた。陪臣に過ぎない項泰などは、本来ならば朝堂に上がることすらできない。それでも朝堂に召されるというのは、尊毅の威勢がよい何よりもの証拠であった。項泰自身も、朝堂に召される自分に酔いしれて気分を良くしており、きっと尊毅に対する大将軍就任の大命が下されるものとばかり思っていた。しかし、斎治の口からは予想もしていなかった言葉が発せられた。

 「尊毅に大将軍の地位を与えるとするならば、先の大将軍であった斎興の死に対して責任を取ってからではないのか?」

 「は?」

 項泰は何を言っているのか分からぬというような声を出した。鬼気迫る表情の斎治は感情を殺すようにして続けた。

 「余は確かに尊毅に斎興への問責の使者を出すように命じた。尊毅がその使者に項史直とそなたを選んだことには異論はない。しかし、栄倉にいた諸侯の軍を解散させ、まんまと条行軍の襲撃に遭い、斎興を殺させた責任は誰に帰すべきなのか?尊毅がその問いに答えぬ限り、彼に大将軍の地位を与えるわけにはいかない」

 斎治としては、斎興が岩牢に閉じ込められ、項泰によって殺されたということを口にはしなかった。それらについてはいくらでも言い逃れをされてしまう可能性があったので、あえて斎治は表層的に見えている事例だけをもって尊毅の責任を追及したのであった。

 だが、これは意外にも効果があり、項泰は狼狽えた。もし、斎治が直接的に斎興の殺害について言及してきたら項泰は弁舌の限りを尽くして抗弁したであろう。しかし、斎治の言葉には整合性があった。項史直が新莽などの諸侯の軍を解散させたのも、条行軍にまんまと敗北したのも、そして事実がどうあれ斎興が死んだのも、誰の責任かといえば項史直と項泰の責任であり、それを使者に任じた尊毅の責任でもあった。

 「それにつきましては我が主に聞いてみないことには……」

 「そうであろうな。使者を出すなり書状を出すなりいくらでもするがいい。但し、そなたの身柄は尊毅から弁明が来るまで拘束する」

 朝堂に外に控えていた衛士が項泰を取り囲み、身柄を拘束した。項泰は抵抗しなかったが、悔しそうに顔を歪めていた。

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