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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
437/959

泰平の階~117~

 栄倉を条行に再度奪われたことと、斎興の死は、慶師に衝撃を与えた。

 「我らは大将軍より聴取を行っておりましたが、条行軍が突如攻めてまいりました。我々は奮戦し、大将軍も自ら刀槍を取り、まさしく修羅が如き働きをされましたが、力尽きて敵の手にかかってしまわれました。我らはすぐにでも大将軍の後を追うべきであったのでしょうが、このことを主上にお知らせするため、兵士達を生きて帰すために恥を忍んで……」

 落涙しながら報告する項史直の言葉など、斎治は聞いていなかった。あまりにも衝撃的であり、心の動揺がまったく収まらなかった。当然ながら嘘で装飾された項史直の言葉に気が付くはずもなかった。

 『興は余が殺したようなものだ……』

 今更ながらに斎治は後悔していた。一時的な感情に流されて親子の情を忘れ、為政者としての理性を失ってしまった己があまりにも情けなかった。

 「主上、兎も角も栄倉を奪還し、条行を討って大将軍のご無念を晴らさねばなりません。ぜひとも私にご下命ください」

 尊毅が言うまでもなく、そうしなければならなかった。斎治が父としてできることは、斎興の弔い合戦しかなかった。

 「よかろう。尊毅に任せる」

 斎治は静かに言うと奥に下がり、息子のために声をあげて泣いた。


 「これで栄倉を制圧し、条行を討てば、大将軍の地位はいよいよ殿のものです」

 斎慶宮を出ると、先程まで暗い顔をしていた項史直が別人であるかのような笑みを見せた。

 「そんなことよりもぼろを出さなかっただろうな?」

 尊毅が気がかりなのは、斎興の死が条行軍によるものではなく、項泰によるものであるということがばれていないかということであった。

 斎興の死は、決して尊毅にとって本意ではなかった。しかし、最大限の好機を活かして項泰が行った行為は褒めねばならないことであった。ただ、あくまでも真実が明るみになっていないということが前提であり、もし明るみになれば尊毅は一気に窮地に立たされてしまう。

 「勿論でございます。その場には私しかおりませんでしたし、このことは兄上と殿にしか申しておりません」

 「ふむ……」

 謀略については尊毅は項泰のことは全幅に信用していた。それでも気になるとどこまでも気になるものであった。

 「斎興の家臣である結十の身柄はこちらで拘束している。もう一人の董阮の行方が分からん。栄倉で拘禁しなかったのか?」

 尊毅が疑問を投げかけると、項史直がやや気まずそうに顔をしかめた。

 「拘禁しておりましたが、条行軍の襲撃のどさくさで逃げ出してしまいました。一応、探させております」

 「絶対に見つけ出せ。奴の口からあることないこと主上に吹き込まれたらややこしくなる」

 「御意にございます」

 「それと項泰は慶師に残り、主上の身辺を警戒しておけ。お前には戦場での槍働きよりもこっちの方が似合いであろう」

 「承知しました」

 項泰はやや不服そうであったが、拝命した。


 尊毅が実に大胆だったのは、自分達の軍勢だけで栄倉に向かったことであった。国軍という存在がない以上、斎治の名を使って諸侯から兵を出させるしかないのだが、尊毅はそうしなかった。

 『我らの軍勢だけで事が足りましょう。泰の報告をまとめれば条行軍はせいぜい五百。それだけの小勢を相手にして、みすみす他の者に手柄を与えることもないでしょう』

 項史直がそう進言した。尊家が抱える私兵だけで二千名は動員できる。敵が栄倉に籠ったとしても十分に勝てる兵力差である。

 尊家の私兵だけで出陣したことについては、別の狙いもあったのだが、それを知るのは尊毅と項史直のみであった。慶師を出た尊毅は、自領で軍を編成すると真っすぐに南下した。尊毅からすると実に久しぶりの栄倉であった。

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