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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
433/960

泰平の階~113~

 結十は進退窮まっていた。朝議から帰ってきた北定を訪ねてみたものの、面会謝絶を言い渡され、会うことができなかった。この時点では北定が斎興の件で斎治と口論となり、顧問官の職を辞して斎慶宮を去ったことを結十は知らなかった。

 「こうなれば直接、主上にお会いするしかない」

 意を決した結十は斎慶宮に向かった。斎興の腹心である自分ならば、斎治も直接目通りしてくれる。結十はそれぐらいの軽い気持ちだったのだが、斎慶宮に入ろうとすると、門前で衛兵に囲まれた。

 「何をしている。私は大将軍の使者として来た。そこを通せ」

 「通せませぬ。大将軍には謀反の嫌疑がかかっております。大将軍の関係者は一切中に入れるなという御沙汰です」

 衛兵の毅然とした態度に結十は戦慄した。斎興をめぐる事態は、結十が想像していたよりも遥かに悪い方向に進んでいるようであった。

 「通せ!主上にお目通り願う。いや、主上がご無理でも、丞相を!和交政を!」

 「暴れるな!捕らえろ!」

 衛兵達は結十を押しつぶすようにして捕縛した。結十は力任せに暴れたが、やがて失神してしまった。


 斎慶宮の外で嵐のような騒動が起こっている最中、斎香は冷静に事態の把握に努めていた。

 『やはり先生を兄上から遠ざけて正解でした』

 斎香が劉六を亡命させたのは、刺客から身の安全を確保するためだけではなかった。斎香は界国から慶師に戻ってきて以来、強い確信を持っていた。兄である斎興は失脚し、いずれ父である斎治の新政は崩壊するというものであった。それは理屈ではなく、直観のようなものであったが、その崩落に劉六という逸材を付き合わせるわけにはいかなかった。

 『先生には生きていただき、私の夫となってもらわなければなりませんからね』

 そのためには自らも嵐の外に身を置く必要があった。斎香は密かに和交政を呼んだ。斎慶宮の衛士の長である和交政は、今回の事態を深く憂慮しており、目に見えてやつれていた。

 「姫様、このような時に何用でございましょうか?」

 「界国に参ります。お供なさい」

 「界国……。またどうして……」

 「理由なんて後からでっちあげます。急ぐのです」

 「しかし……」

 和交政は明らかに困惑していた。女の言葉に素直に頷けない男も、察しの悪い男も斎香は嫌いであった。

 「しかしもかかしもたわしもありません。これも斎国を救うためです」

 そう言うと和交政はやや気色を改めた。

 「この混乱を界公に訴えて、仲介を頼むのですか?」

 「……そんなところです」

 斎香はもっと壮大なことを考えていたのだが、和交政が思い及ぶはずもなかった。

 数日後、斎香は物見遊山という名目で界国に向けて出発したのである。彼女は見事にこれから起きる動乱の外に身を置くことに成功したのであった。


 北定の退場をもって朝堂の空気は斎興に対する強硬路線で一致していった。

 「ひとまずは大将軍に問責の使者を送り、速やかに慶師に上って疑惑について弁明するように伝えろ。もし大将軍が余の命令に抵抗するようであれば、捕縛するように」

 斎治は尊毅に命じた。大将軍が問責の対象となっている以上、次席の尊毅が事実上武人階級の頂点であった。

 「承知しました」

 「言うまでもないが、仮に捕縛する場合は丁重にな。大将軍にも面子があろう。礼を失ってはならぬ」

 よいな、と斎治は念を押した。尊毅は恭しく拝礼した。

 斎治から下命を受けた尊毅は、問責の使者に項史直を選んだ。普通、大将軍を問責する使者であるならば、その資格は勅使ということになり、他の将軍か閣僚級の人物が選ばれて然るべきなのだが、自分の部下である項史直を選んだのは尊毅の明らかな悪意であった。使者が陪臣であれば斎興は激怒するであろう。そうなれば尊毅の思う壺であり、項史直はその状況を上手く使って尊毅に利するようにしてくれる。

 「主上はあくまでも丁重に、と仰っていた。そう、あくまでも丁重に」

 「承知しております。しかし、使者は主上の代理。これに手向かうことがあればいかがすればよろしいでしょうか?」

 項史直は聞かずとも分かる質問をした。

 「捕縛せよとの仰せだ」

 「左様でございますか。大将軍があまりに激しく抵抗されれば、不慮の事故ということもありましょう」

 「あるだろうな。しかし、それが最後の手段だ。下手に大将軍に危害を加えると、主上の心象も変わってくる。その辺を考えて慎重にな」

 と尊毅が言うと、項史直は薄ら笑いをして引き下がっていった。

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