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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
431/961

泰平の階~111~

 斎興は、条行軍の夜襲で混乱した自軍をまとめるのに精一杯で、条行達が栄倉を脱出したことにまるで気が付かなかった。夜が明けて、敵軍がいなくなった戦場を目にしてようやく知ることとなった。

 「七つの山道にも敵兵の姿はありません」

 新莽が悔しそうに報告をした。条行と諏益を逃がしたのは、この戦線で働く諸将にとっては痛恨事であった。

 「今は栄倉を奪還しただけで良しとしましょう」

 少洪覇が慰めるように言った。確かにそうなのだが、条行と諏益を見つけて捕らえるまでは慶師に帰ることはできなかった。

 「先の戦いでは条家の残党勢力を討伐できませんでした。しかし、今回は栄倉に拠点を構え、条行達をせん滅せねばなりません」

 和長九の提案に斎興はすぐに頷いた。

 「勿論だ。主上に言上しよう。結十、手数だが、慶師への使者になってくれぬか?」

 「はい」

 結十は謹んで拝命した。結十としては慶師で斎香に対面し、改めて劉六の居場所を聞き出そうと考えていた。しかし、これがこの主従にとって最期の対面となるのであった。


 条行に逃げられたものの、栄倉を奪還したことは慶師の人々を安堵させていた。しかし、それを吹き飛ばすような事実が明るみになったのである。斎治より神器探索を命じられ、多額の金銭を得ていた覚然がその金銭を私的に流用していたことが発覚したのであった。

 調べ上げたのは北定であった。北定は諸国歴訪に向かう前から神器捜しに執心していた斎治と、それを知って斎治に取り入っていた覚然に目をつけており、下僚に命じて調査し、監視させていた。その調査の結果、覚然が自分の領地に豪奢な屋敷と多数の美女を囲っていることが発覚したのである。それらの費用は、覚然が従前より保有していた資産や領地経営の収入からではとても払いきれない金額であり、しかも肝心の神器探索をほとんど行っていないことも判明したのである。金銭の出所がどこであるか、問うまでもなかった。

 あの日の朝議でその事実を突きつけられた覚然は、顔を真っ青にして震えた。北定が揃えた証拠は一部の隙もないものであり、反論の余地がまるでなかった。

 「主上、覚然の罪はこれにて明らかになりました。ぜひ相応しい罰をお与えください」

 北定は証拠となる報告書を斎治に差し出した。斎治は苦り切った顔で報告書を睨んでいた。北定は覚然の罪を鳴らしたが、これは同時に覚然に神器捜しを命じた斎治に向けられているものでもあった。

 「この調査書は余が預かる。処分は追って知らせる」

 斎治としてはそのようにして処分を先送りするのが精一杯であった。


 斎治は処分を保留したが、覚然が窮地に立たされているのは間違いなかった。もとより混乱の最中を自己の才能ひとつで切り抜ける様な人物ではなく、権力者に阿るしか能のないだけに、このような事態になっても慌てふためき、北定のことを口汚く罵ることしかできなかった。

 そこへ独りの男が覚然の屋敷を訪ねてきた。覚然はその男の名前を聞いて訝しく思いながらも面会することにした。

 「今をときめく尊毅将軍の腹心が何の用ですかな」

 男は項泰であった。項泰は恭しく拝礼した。

 「我が主、尊毅が覚然様のことを憐れみ、知恵を授けてこいと申されまして……」

 「憐れみ?ふん、武人如きに憐れみを受けるとは!」

 「おっと、これは失言でございました。お忘れください。しかし、覚然様と我が主にとって、今は手を取り合って邪魔者を排除する時であると愚行する次第です」

 「邪魔者な……」

 覚然は応変の才はなかったが、決して愚鈍ではない。現在、飛ぶ鳥落とす勢いの尊毅が手を差し伸べてきているのである。自分にとって悪い話ではないことぐらいは察することができた。

 「しかし、今の尊毅に邪魔な人間などおるのか?」

 幾人か候補となる名前が浮かんではいたが、覚然はあえてとぼけた。項泰はにっと笑った。

 「お分かりでございましょう。大将軍です」

 項泰は腹の探り合いをしなかった。いきなり抜き身で斬り込んできた。

 「大将軍か」

 覚然としても、あの武人気取りの公子は気に食わなかった。

 「左様です。我が主にとって邪魔な大将軍を排し、覚然様に降りかかってきた災いを取り除く方法がございます」

 「聞こう」

 覚然はもはや疑念を捨てた。ここで項泰の知恵に縋らなければ、覚然も生き残る道がなかった。

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