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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
424/958

泰平の階~104~

 斎興が行った赤崔心への懐柔策とは人をやって説得させるというものであった。使者となったのは斎興の腹心である結十と董阮であり、後にこれは斎興がやった最大の愚策と言われるようになった。

 結十と董阮は白旗を持って赤崔心が籠る砦を訪れた。赤崔心は最初からけんか腰で、砦内部ではなく門前での面会になった。

 「要件をさっさと言え、俺が忙しい」

 赤崔心の背後には彼の配下がずらりと並んでいる。もし何事かあれば彼らは二人に襲い掛かり、八つ裂きにされるだろう。

 「大将軍からの書状だ。謹んで拝読せよ」

 董阮が斎興の書状を手渡すと、赤崔心はひったくるようにして受け取った。書状を広げて一読すると、ふんと鼻で笑って突き返した。

 「斎公に仕える武人であるなら武装を解いて下知に従えだと?ふざけるな!俺は貴様らが界国で傍観している頃から慶師周辺で暴れまわって探題を苦しめてきたんだぞ、その功績に対する恩賞がどれほどのものであったか!」

 赤崔心の反論は結十達にとって耳が痛いものであった。まさに赤崔心の言うとおりであると二人とも思っていた。しかし、ここで赤崔心の同情することはできなかった。

 「だから大将軍は一度話し合おうと……」

 「ふん!笑わせるな!大将軍は所詮、斎公の息子ではないか。最終的には斎公に味方する。俺と話したいのなら尊毅将軍を連れてこい」

 尊毅将軍は話が分かる、と赤崔心は砦の中に戻ろうとした。

 「赤殿!しばし待たれよ!」

 「俺の希望は伝えた。尊毅将軍となら話し合いをしてもいい。それ以外の回答なら、俺とこいつらはここで屍になっても構わん。言いたいことは以上だ。お前らも死にたくなかったら、早々に帰って俺の希望を伝えろ!」

 もはや話し合いの余地などなかった。結十と董阮はやむを得ず砦を後にするしかなかった。


 慶師に戻ってきた二人は、赤崔心の要望を斎興に伝えた。黙って聞いていた斎興は終始渋い顔をしていた。

 「尊毅を行かせるのはまずいです。これで尊毅が話をまとめれば、武人共の信望はますます尊毅に集まり、やがて将軍の地位を脅かします」

 董阮が言うまでもなく斎興は理解していた。理解しているからこそ、斎興は苦渋を飲まされていた。

 『劉六という男は本当に恐ろしい知恵者だな』

 戦乱後の権力争いを予測していた劉六は、それを見越して自らの手柄をすべて斎興に譲ってきた。しかし、斎興軍が披露した見事な戦略戦術のほとんどが劉六の頭脳から出てきたということを知っている者は実際には少なくない。中には斎興が手柄を独り占めにするために劉六を斎国から追い出したと言う者もいるほどであった。

 『こうなるのであったら、無理にでも香と結婚させて、我が義弟するべきであった』

 斎興は決して結十や董阮の能力を低く見ているつもりはない。しかし、劉六のそれから考えるとどうしても見劣りがするし、何よりも劉六は斎興に遠慮するところがない。的確な助言者とはそうあるべきであったのだ。

 「斎興様、これは邪推ですが、尊毅はすでに赤崔心と繋がっているのではないですか?」

 と言ったのは結十である。斎興も同じようなことを考えていた。

 「俺もそれを疑っている。確証はないが、事実だとすればますます尊毅を赤崔心の下にやるわけにはいかない」

 尊毅が赤崔心と話をまとめてしまえば、諸侯が尊毅に集める衆望がますます高まり、斎興の名声は下落する。また、尊毅と赤崔心の間に密約がなくても、尊毅が赤崔心を討伐してしまえば、同じことが言えるのであった。

 「残された方法は、公子が赤崔心を討つしかありません」

 董阮の言うとおりであろう。しかし、これもまた危険をはらんでいた。もし討伐に失敗すれば、それを理由に大将軍の地位を追われる可能性がる。いや、それどころか、大将軍である斎興に進んで従い、赤崔心と戦う武人がどれほどいるだろうか。

 『そのために少氏や和氏を頼らねばならない』

 両者とも慶師からは遠い。動員するのは難しいであろう。

 「ともかくも明日の朝議で主上に今のことを申し上げ、裁可を仰ごう。二人は俺が出陣する事になった時のことを考えておいてくれ」

 特に結十、と斎興は返事をしようとしていた結十に顔を向けた。

 「斎香から劉六の居場所を聞き出してくれ。劉六を外に逃がしたのはあいつには間違いなかろうが、俺が聞いても何も言ってくれん」

 「はぁ、しかし……」

 結十は気乗りしない様子であった。

 「今の俺にあいつの異能は必要なのだ」

 斎興としては、斎国を永続させつつも、己の地位を確立させていくためにも今がまさに瀬戸際であった。それを乗り越えるには、やはり劉六という異才が必要であった。

 しかし、運命はさらに斎興に試練を課すことになった。南方で条高の遺児、条行が決起し、栄倉を奪還しようとしていた。


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