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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
418/963

泰平の階~98~

 条家が滅び、斎国が復興されて一年が過ぎた。表向きは平穏さが慶師だけではなく、斎国全体に広がっていたが、新たなる動乱への暗雲は確実に広がっていた。

 その原因の最たるものは、諸侯の恩賞への不満であった。斎治が斎公に即位して間もない頃は、官位や政治的、軍事的役職をもって斎治に味方した諸侯への恩賞としていた。しかし、これは名目的なものにすぎず、諸侯が本当に欲したのは即物的な恩賞、即ち土地であった。

 『条家が滅びたことで多くの土地を得ることができたらしい。これは大きな恩賞を貰えるぞ』

 斎治に味方した諸侯達は、顔を合わせるとそのようなことを話し、期待していた。条家だけではなく、円家などの条家に殉じて滅びた者達の土地を合わせれば、確かにかなりの土地を斎家が得たことになる。しかし、実際に土地の分配が始まると、多くの土地は斎家のものとなり、分配された土地も、斎治のために命を賭けて戦ってきた者達ではなく、戦乱の間は息を潜めていた貴族達に与えられた。このことが大きな不平不満となった。

 「聞いたか?主上を哭島から救出した功のある和氏には土地の恩賞はなかったらしいぞ」

 「聞いた聞いた。少洪覇殿にもなかったらしい。もっとも、和氏も少氏も文句を言っていないようだが……」

 これが不平不満の急先鋒となったのは赤崔心であった。彼は早い段階から慶師近郊で探題を悩ませ、間接的ながらも斎治の慶師帰還に大きな影響を与え続けた。しかし、斎慶宮の朝堂ではまるで評価されなかった。

 「我には官位などなく、猫の額ほどの土地しかいただけなかった。それにも関わらず坊忠とはいう腰砕けは、主上が哭島に流されてからは佐導甫殿の保護を受け、ぬくぬくと生活をしていた。そんな奴が我よりも大きな土地を貰ったのだ!これが許せようか!」

 赤崔心は所憚らず喚き、挙句には与えられた自領に引きこもってしまった。諸侯達は赤崔心に同情し、武人達は斎治の御代に不安と不満を感じずにはいられなかった。

 

 「諸侯達の不満は日に日に高まっております。対処せねば条高の二の舞となりましょう」

 丞相である費俊に助言したのは、和交政であった。和氏の頭領である和芳喜と長兄である和長九は領地に帰っており、和交政が斎慶宮の衛士の長として斎治に仕えていた。

 費俊にとって和交政は、心が許せる唯一の武人であると言っても過言ではなかった。費俊は和交政を通してでしか、武人達の生の声を得ることができなかった。

 「分かっている……」

 費俊は苦り切った顔をした。費俊の所にも同じような不平不満を持ち込んでくる者が後を絶たなかった。誰それよりも自分の方が功績が大きいのに何故領地が少ないのか?そのような台詞をここ数か月、嫌というほど聞いてきた。

 「赤崔心などは不穏なことを企んでいると言われております。早急に手を打たねば、全国に波及致します」

 「分かっておる!北定様がいらっしゃれば……」

 北定は赤崔心と昵懇であった。北定なら赤崔心を説得してくれる。しかしこの時期、朝廷の顧問的存在である北定は慶師にいなかった。斎治が国主となったことを界公と義王に報告するため界国に行っており、その足で静国、泉国、翼国と周り、各国の国主に親善の挨拶をすることになっていた。

 『事が事だ。北定様に書状を出して早急に帰ってきてもらうか……』

 費俊は何度もそう考えた。しかし、北定から期待されて丞相を務めている身としては、ここで北定を頼るわけにもいかなかった。

 「ともかくも主上にも明日の朝議で申し上げよう」

 費俊は丞相として明確な方針が打ち出せず歯がゆかった。


 翌日の朝議において、費俊は朝議で武人達からの不満を取り上げた。斎治は目を閉じて静かに聞いていたが、かみついてきたのは坊忠であった。

 「丞相、これが妙なことを仰る。この国の土地土地は主上のもの。それを分配されるのも主上の御心ひとつではないか。主上のご裁可に不満を申すと言うのは、即ち主上のへのご謀反ではないか」

 坊忠こそ武人達の批判を一身に浴びている男であった。坊忠は斎治の慶師脱出を供にすることもあったが、哭島には帯同することなく佐導甫の保護下で生活をしていた。斎治達が哭島を脱出しても駆けつけることなく、斎治が尊毅や佐導甫を味方にした頃にはいつの間にか傍に控えており、慶師を奪還してからは側近の一人に収まっていた。斎治の復権には大した功績はないくせに、六官の卿のひとつである式部卿に就任し、莫大な領地を得ていた。坊忠のような人物が今の慶師には大勢おり、坊忠はその大将のような存在になっていた。

 「式部卿、お言葉ではあるが、そのような建前を言っている場合ではないのだ。折角、主上のもとで泰平の世が到来したと言うのに、また戦乱の時代に戻るかもしれないのだ」

 「不貞なことを考える奴らがいるのなら、討伐すればいいではないか。そのために大将軍がいらっしゃるのではないか?」

 坊忠が斎治の隣に座る斎興を見やった。坊忠は斎興を嫌っており、斎興も坊忠のことを嫌悪していた。斎興は不快そうに顔を歪めた。

 費俊は気が気でなかった。坊忠の言い様は、武人達を制御できていない斎興への批判、皮肉でもあった。

 「貴様……」

 斎興は坊忠を睨みつけた。斎興としては苦しい立場であった。大将軍という武人の頂点にいる役職ながら、彼らを統制できていないのは事実であった。斎興には直属の武人などおらず、和氏や少氏が心を寄せているだけで、多くの諸侯が武人の頂点として期待しているのは、最大の兵力を擁している尊毅であった。

 「やめよ、二人とも。丞相も細かな不満を取り上げるな。もし武人達がそのような不満を持っているというのなら、余が直々に諭す」

 斎治はそう言って煩わしい案件として避けようとしていた。直々に諭す、と言いながら、斎治はしないだろう。最近は奥向きのことで忙しいのだ。斎治もまた、口うるさい北定がいなくなり、精神的にやや弛緩していた。

 『北定様がおられれば……』

 やはり北定に書状を出すべきだろう。費俊は恥を忍んでそう決意したが、すべてを吹き飛ばすような事態が発生した。赤崔心が反旗を翻したのである。

 

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