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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
416/958

泰平の階~96~

 時間を少し遡る。その日の夕刻、尊夏燐は多少の不愉快さを抱えながら、中庭が見える縁台で寝転がって書見していた。本来であるならば、今日も劉六の所へ行こうと思っていたのだが、兄である尊毅からつまらぬ用事を頼まれてしまい、気がつけが夕暮れとなっていた。

 『明日行けばいいか』

 そう気軽に思い、劉六から借りてきた本を広げていた。しばらく読み進めていると、遠くで足音が聞こえた。中庭を挟んだ反対側の廊下を項泰が歩いている姿が見えた。向こうは尊夏燐の存在に気づいていない様子であった。

 「げ、項泰かよ」

 尊夏燐は項泰が苦手であった。というよりも項兄弟自体が嫌いだった。兄である尊毅は項兄弟を信用しているようだが、あの二人からは陰気さしか感じ取れず、できることならば関わりたくなかった。

 特に項泰は大嫌いでだった。尊夏燐は、兄の屋敷に寄宿している身なので、よく項泰と顔を合わすのだが、あの蝮のような面構えがどうにも好きになれなかった。だからこの時も項泰に声をかけることなく無視しようとした。しかし、項泰が見知らぬ男を連れているのを見て、気になってしまった。

 「なんだ、あいつら……」

 尊毅の配下には見ない顔である。雑兵を屋敷にあげるはずもないし、体躯や人相からしても文官でもなさそうであった。どうにも怪しさしか感じられなかった。

 「陰気くさい奴が怪しげな男を連れている。これは何かあるな」

 尊夏燐は自分の勘を信じた。本を閉じると、こっそりと項泰達の後をつけた。

 項泰と男は裏口に辿り着いた。何やら話し込んでいるようなので、尊夏燐は見つからないように植込みの樹木に隠れて近づいた。

 「所望通り、兄上直々が沙汰を下した。確実に行えよ」

 「言われるまでもない」

 項泰は男に小さな袋を渡した。金子袋であることは一目して分かった。

 「それと重ね重ね注意しておくが、劉六は斎公が招いた貴人だ。何者かに暗殺されたとなったら騒ぎとなる。必ず物取りの犯行に見せかけるように」

 『劉六を暗殺?』

 間違いなく項泰はそう言った。何故、項泰が劉六を暗殺しなければならないのか。色々と疑問が残ることも多かったが、こうしてはいられなかった。尊夏燐は焦る気持ちを押さえて、さらに聞き耳を立てた。

 「承知している。未明に決行する。医者先生は遅くまで仕事をしているようだし、その方が俺もすぐに慶師を脱出できる」

 ここまで聞けば十分であろう。尊夏燐は、そのまま屋敷を出た。


 尊夏燐は劉六の宿を目指した。劉六に危険を知らせるためであった。

 『おそらくこれは項兄弟の独断だろう』

 尊夏燐はそう見ていた。兄である尊毅が、単なる身分的には町医者に過ぎない劉六を暗殺という手段で排斥するとは思えなかった。そうなれば、事を荒立てては兄にも累が及ぶ。それを避けるためには劉六には速やかに慶師を出て行ってもらうか、尊夏燐が保護するしかなかった。

 「待てよ……」

 劉六がいきなり慶師から姿を消したら、それもまた怪しまれるだろう。どうすべきか、と悩んだ末に、尊夏燐は思い切った行動に出た。斎香に相談しようと思いついたのだ。

 慶師宮を訪ねると、斎香は在宅していた。突然の尊夏燐の来訪に目を丸くしたが、追い返すようなことはしなかった。

 「貴女が尊毅様の妹だからこうして通れたんですよ。何ですか、こんな時間に前触れもなく……」

 「そんなことどうでもいいんだよ。劉六が危ない。知恵を貸してくれ」

 尊夏燐は包み隠さずに項泰が劉六の命を狙っていることを話した。斎香は険しい顔をしながらも、黙って聞いてくれていた。

 「私に相談してくれて賢明でしたわね。本来であるならば、尊家のことだから自分達で解決しろと言いたいのですが、もはや先生の存在は単なる町医者ではありません。失うと国家の損失ですし、その首謀者が尊家の人間であると分かると、騒乱の火種となります」

 「御託はいい。劉六を外に逃がすのはいいとして、急にいなくっても何があったのかと問題になるぞ」

 「当然です。ですから、先生の御尊父には危篤状態になってもらいます。それで急遽千山に帰るということにしておいて、界国に亡命してもらいましょう」

 界国には頼りになる商人を知っておりますので、と斎香は言った。

 「商人?本当に信頼できるのか?」 

 「私が亡命中に世話になった方です。泉国の泉公の御用商人ですから、最悪の場合は泉国への亡命も取り計らってもらいましょう」

 行きましょう、と斎香は立ち上がった。尊夏燐からするといけ好かない姫君であったが、この時の斎香ほど頼もしく思うことはなかった。


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