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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
415/959

泰平の階~95~

 劉六は何事もなかったように慶師での日常を続けていた。斎香は相変わらず話を聞きに来ており、変化があったとすれば、それに尊夏燐が加わった。

 当初、尊夏燐は冷やかし程度にしか劉六の話を聞いていなかったが、次第に身を傾けて聞き入るようになっていた。彼女が特に好んだのは軍事関係であり、劉六が不在の時でも勝手に部屋に上がり込み、書き記した軍事書を読み漁っていた。

 「私は武人であるが、これまで如何に知恵を使っていなかったかがよく分かった。知恵を使えば、力任せじゃなくても勝てるものだ」

 それは決して劉六の関心を引くための世辞ではなかった。尊夏燐は本気でそう思っており、それが分かるからこそ劉六は彼女のことを邪険にはできなかった。

 それでも劉六からすると、斎香や尊夏燐との関わりは億劫であった。劉六はあくまでも医療施設を建設するために慶師に来たのであり、二人の女性の知識を満足させるために来たのではなかった。

 「そろそろ千山に帰る準備をしようか」

 ある夜、医学校での明日の授業の準備をしていると、劉六は呟くように僑秋に告げた。

 「その方がよろしいかと思います。最近の先生、どこかお疲れのようでしたから」

 そういう僑秋も最近は元気がなさそうであった。その原因は劉六の心労を心配してのことらしい。それならばますます千山に帰った方が良さそうであった。

 「私はそれほど疲れているかね?」

 「ええ……」

 「施設の建設は進んでいる。後は進捗を見守るだけだからいいが、問題は医学校の方だな。医師としての知識は十分に教えてきたが、それだけでは駄目だ。大規模な施設となると経営というのも必要となってくる。いくら公営の施設とはいえ奔放な経営はできないからな。まぁ、これは私も門外漢だが……」

 結十から医療施設建設の案件を引き受けた時は、もう少し簡潔にできるものだと思っていたが、始めてみればいろいろなことが気がかりになり、劉六は様々な方面に口を出す結果になってしまった。

 「先生に経営学は向かないと思いますが……」

 僑秋が少し笑いながら言った。久しぶりに彼女の笑った顔を見たような気がした。

 「経営学の本も読んだし、理解はしているが、確かに私には文学以上に不向きだ。経営のことは実際に運営する者達に任せよう。しかし、多くの生徒達を持って彼らと接していると別れがたくなるものだな」

 「先生、そんなことを言われると、ずっと慶師にいることになりますよ」

 「それはごめんだ。明日にでも結十様に申し上げてみよう。さて、準備はこれまでにして、そろそろ休みなさい」

 はい、と言って僑秋が自分の部屋に下がろうとした時であった。宿の女将が来客を告げた。

 「誰だ、こんな夜更けに」

 不審に思いながらも、客を部屋に通すように言うと、入ってきたのは斎香と尊夏燐であった。

 「どうしたんだ?二人が連れ立って来るなんて、明日は雨でも降るかな」

 「劉六、冗談を言っている場合じゃないぜ。今すぐ慶師を出ろ」

 尊夏燐が息巻いた。彼女はよく雑談の中で冗談なのかどうか判然としないことを良く言うが、この時ばかりは鬼気迫るものがあった。

 「どういうことだ?」

 「道すがらお話いたしますわ。さ、先生。必要なものだけを持ってお立ちください。僑秋さんも。早く!」

 斎香にも同じような気迫を感じた。これはただ事ではあるまいと思い、劉六は立ち上がった。


 宿を出るとそこには馬車が一乗止まっていた。尊夏燐に押し込まれるように馬車に乗せられると、尊夏燐と斎香も乗り込んできた。

 「そろそろ説明をしてくれ。私は夜逃げをするような悪さをした覚えはないぞ」

 深夜であるためか、馬車はゆっくりと音を殺すようにして進んでいる。劉六も思わず声を潜めてしまった。

 「劉六の命が狙われている」

 尊夏燐が代表して言った。

 「私の命が?身に覚えがないがな」

 「その呑気さ、流石先生と言った感じです。先生は先を見通す知恵がおありですが、ご自分のことについては本当に鈍感ですわね」

 呆れたように言う斎香が尊夏燐に事の次第を話すように促した。尊夏燐は頷いて話し始めた。

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