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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
411/958

泰平の階~91~

 慶師での病院建設が順調に進み、劉六の仕事もやや落ち着き始めた頃、結十が妙な話をもってきた。

 「実は先生にお会いしたという方がいらっしゃいます。ぜひ斎慶宮においでいただけませんか?」

 斎慶宮に来いということは、相手は貴人であろう。劉六はどうにも貴人というものが苦手であった。斎慶宮での寝泊まりを拒否したのも、それが理由だった。

 「お会いしたい?それは医療施設建設と関わりのある方ですか?」

 「いえ、個人的に先生のお話を聞きたいと申されているのです」

 劉六は開いていた本を閉じた。辞儀を正し、結十の方に向き直った。

 「それは私に医術を学びたいということですか?」

 「いえ、そういうわけでもないのです。博識な先生から様々なお話を聞いてみたということでして……」

 「どちらにしろ、私から教えを乞いたいの言うのであれば、その方自身がこちらに出向くべきではないですか?私の師である適庵先生も、弟子から何か教えを乞うことがあった時は、自ら弟子の部屋にやってきて教えを乞いました。いかなる貴人か知りませんが、斎慶宮に来いというのであればお断りします」

 劉六からすると、貴人の雑談に付き合うほど暇ではなかった。ましてや斎慶宮にわざわざ向かうなど時間の無駄でしなかった。

 「分かりました。その旨、お伝えします」

 結十は困惑しながら、部屋を出ていった。


 事実上の拒否であろう。結十はそう思いながら斎慶宮に帰った。

 斎香は顔を合わせる度にいつ劉六に会えるのかと催促してきた。結十は、病院を建設するという名目で慶師に呼び寄せた以上、劉六の仕事が軌道に乗るまでは無理であると申し伝えていた。しかし、そのような先延ばしの言葉を並べても斎香も納得しないだろうと思い、正直に劉六の言葉を伝えることにした。

 『姫様も流石に怒られるだろう』

 劉六からしてもそのつもりで無茶なことを言ったのだろう。貴人に対して向こうから来いというのはあまりにも無礼である。しかし、劉六の言い分にも一理あり、劉六という偏屈ものには貴人に対する礼節など通用しないのは十分承知していた。斎香に目通りして、劉六の言葉をそのまま伝えると、斎香は目を丸くして大いに笑った。

 「本当にその劉六というのは面白い男ですね。相手が斎家の人間であっても容赦がない」

 斎香は嬉しそうであった。

 「姫様?」

 「確かに劉六の申す通りかもしれません。お願いするのはこちらです。構いません。こちらから出向くと劉六に伝えなさい。いえ、それでは面白くありませんね。明日、突然お邪魔しちゃいましょう」

 いいですね、と斎香は言った。結十はやや複雑な気持になりながら承知した。


 翌日、劉六は慶師の街中にある医学校で授業をしていた。内容は野戦病院の構築とその運営というものであった。

 「野戦病院の構築と言うと戦の最中にするものだと思われがちですが、そうではありません。戦がない世の中でも、例えば疫病の流行や天災の発生時などに役立ちます。何もない所にすぐさま病院を立てねばなりません。そのためには外科だけではなく内科や……」

 劉六が講義していると、後の扉から結十と見知らぬ若い女性が入ってきた。ひどく顔立ちのはっきりとした女性だ、と一瞬だけ思って淡々と講義を続けた。

 講義が終わり、生徒達が三々五々教室を出ていくと、結十がその女性を伴って近づいてきた。

 「先生、昨日お話していた方です。故あって名前は明かせませんが……」

 「私、斎香と申します。劉六殿、いえ、先生のお話、非常に面白く聞かせてもらいました」

 若い女性は名前を明かした。結十は顔をこわばらせたが、斎香と名乗った女性はまったく気にしていない様子であった。

 「貴女は医学に興味があるのですか?」

 斎香というからには斎家の者なのだろう。医学に興味があるのなら、身分の貴賎は関係なかった。

 「医学に限ったことではありませんが、私は未知の知識に対して興味がありますの。限られた世界の中でしか生きてきませんでしたから、色々と知りたいんです」

 「興味ですか。ああ、それは尊いことです」

 学問の源泉は興味である。それは劉六の師である適庵の言葉でもあった。興味を持って話を聞きたいと言ってきてるもの無碍にはできなかった。

 「今後も先生のお話を聞きに参ってよろしいですか?」

 「私は知識の探求を志す者に門戸を閉ざすことはありません。生徒達の邪魔をしなければ、どうぞお好きな時に」

 「まぁ、ありがとうございます」

 斎香は目を輝かせていた。変わった姫君もいるものだと劉六はその程度の感想しか浮かばなかった。

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