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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
410/958

泰平の階~90~

 劉六にとっては初めての斎国の国都、慶師であった。当然ながら僑秋にとっても初めての慶師であり、到着するなり僑秋は呆然として立ち尽くしていた。

 「私は千山でも大きな邑であると思っていたのですが、ここは千山の何倍あるんでしょうね」

 僑秋が立っている大路の終わりは見えず、しかも視界を邪魔するように人や馬車が行き交っている。

 「以前は荒廃していたらしいが、主上が戻ってきたことで復興が進んでいる。これならば病院は必要だろう」

 劉六は斎慶宮を目指した。ここでも結十の書状は役に立った。衛兵は最初、劉六達の身なりと結十の書状を見比べながら、疑わし気に確認のために中に入っていった。しばらくすると、結十自身が出迎えに来た。

 「先生。お待ちいただければ、お迎えにあがりましたのに……」

 「お久しぶりです、結十様。しかし、先生はおやめください」

 結十の態度は以前より慇懃であった。

 「いえいえ、慶師のためにいろいろとご教授いただくのです。それで、そちらの方は?」

 結十の視線が背後の僑秋に視線を送った。

 「私の助手で僑秋と言います。後学のために連れてきました」

 僑秋は目の前の貴人にどう接していいか分からず、僑秋ですと叫ぶように挨拶すると、深々と頭を下げた。

 「ははぁ、そうですか。よろしくお願いいたします。斎慶宮に空いている部屋がございますので、そちらを宿としていただければよいのですが、一室しかございませんので……」

 「宿は病院の建設予定地の近くに取ってください。いちいち宮殿から出ていくのも面倒くさいですし、堅苦しいのは嫌です。当然、彼女の分も」

 「しかし、それでは……」

 「では、早速建設予定の場所に案内してください」

 劉六は斎慶宮に一歩も入ろうとしなかった。衛門から一歩でも中に入れば、斎慶宮という魔物の巣窟に取り込まれそうな気がしていた。

 「……左様ですか。案内いたします」

 結十は劉六と僑秋を馬車に乗せて、病院の建設予定地へと案内した。慶師の郊外にあり、劉六が想像していたよりも好立地であった。

 「ここなら風通りも良いし、水源も近い。良い場所です」

 劉六は鞄から紙を結十に差し出した。

 「ひとまず病院を作るのに必要な物品です。適庵先生に出入りしていた商人を知っていますので、彼に言って揃えさせてください。それと二三日中に簡単な絵図面を引きますので、大工の棟梁を連れてきてください」

 「は、はぁ……」

 「それともうひとつ、空き家を探してください。そこを医学校としますので、慶師中の医者にその旨を布告して、若く経験の少ない医者に通うようにさせてください」

 「医学校もするのですか?」

 結十は驚いていた。劉六からすると、結十が驚いたことに驚いた。

 「当然です。建物を作っても、そこで働く医者がいなければ意味がありません」

 「しかし、先生がなさらなくても……」

 「私一人では無理です。ですから彼女を連れてきたのです。彼女は私の下で長く助手として修行してきました。そこらの医者よりも医術に精通しています」

 「……承知しました。空き家の件は早急に」

 「頼みます」

 劉六は早速に画板の上に紙を載せて病院の絵図面を引き始めた。


 それからの劉六は多忙を極めた。病院の絵図面を描き、建築現場を監督する一方で、結十が見つけてきた空き家で医学校を開設し、そこで医術も教えていた。

 斎公の名前で医学校開設の布告が出ると、慶師だけではなく周辺の邑からも入学したという若い医者が集まってきた。

 「教授の劉六先生はあの適庵先生の愛弟子だという」

 そのことがさらなる評判を呼び、医学校が大盛況となった。僑秋にも教授役を引き受けてもらい、さらには学校の一隅に診療所を設け、患者を診ることもあった。

 はた目から見ると心配になるほどの激務であったが、劉六は寧ろ疲れなど感じていなかった。やはり自分は医者なのだと思い、医者としての技術を求められることに喜びを感じていた。

 「慶師に立派な病院ができれば、適庵先生の教えをようやく一つ実現できるかもしれない」

 ある日の夜、僑秋と遅めの夕食を取っていると、劉六はぽつりと感想を漏らした。

 「適庵先生の教えですか?」

 「うん。君にも教えてきたが、医術は私のためにであるのではく公のためにあるものだ。これまで私は単なる町医者であり、町医者であり続けた。それはそれで千山にとっては公であったかもしれない。しかし、ここでやろうとしていることは慶師は勿論、この国そのものにとっても大きな事業となる。これほど公に貢献することはないだろう」

 「私もそのお手伝いができて光栄です」

 「そう言ってくれると嬉しい。しかし、個人的には何時までも慶師にいたくはないな」

 いずれこの事業を誰かに引き継ぎたいと思っていた。しかし、劉六の想定よりも遥かに早く、慶師から逃げるように立ち去ることになるのであった。

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