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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
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泰平の階~88~

 時を同じくして、尊毅達も慶師の一隅で劉六のことを話題に出していた。話題を持ってきたのは項史直であった。

 「劉六という男をご存じですか?」

 最初、項史直の口からその名前が出た時、尊毅は誰のことであるかまるで分からなかった。

 「聞いたことのない名前だな」

 「斎興様の軍師を務め、槍置で新莽を破ったのも彼の軍略によるものと言われています。それと千山で夏燐様を翻弄したのも、彼によるもののようです」

 へっ、と面白くなさそうに尊夏燐が息を吐いた。

 「そうだとすれば、かなり優れた軍略家だな。何者なのだ?」

 「元は医者のようで、御一新が成ると千山に戻って町医者になったようです」

 「なんだそれは?随分とふざけた奴だな。それだけの大功を立てておきながら、官途にもついていないのか?」

 風変わりな男である。項史直は家臣にでもしろと言いたいのだろうか。尊毅としてはあまり食指が動かなかった。

 「あ、思い出した。兄貴、あいつだ。翼国との戦争の時にやたらと野戦病院を整備していた奴がいただろう。あいつの名前が確か劉六だったはずだ」

 尊夏燐が手を打って声をあげた。妹にそう言われて、そういえばそういう奴がいたな程度には思い出した。

 「よく覚えていたな」

 「男前の名前は忘れねえよ。そうか、あの男が私を倒したのか」

 先程は打って変わって尊夏燐は嬉しそうであった。

 「で、その劉六がどうしたのだ?」

 「実は斎興様が劉六に自らの妹を嫁がせようとしているようです」

 「ふん。別に構わぬではないか」

 「そういうわけには参りません。それほどの鬼才の男が斎興の縁戚となれば、これからの我らにとって不利となります。殿が現在の地位で満足させているのなら問題ありませんが……」

 項史直の言わんとすることはおおよそ理解できた。尊毅が現在の地位よりより高みを目指すのなら、第一の障害となるのは斎興である。その斎興に戦略の天才のような男が付けば、不利になるのは確かであった。

 「こちらに引き寄せるということか?」

 「左様です。もし不可能であるならば、殺害することも考えておいた方がいいでしょう」

 奇しくも、斎興と尊毅、両陣営で同じことを考えていたというのは歴史の奇観といってもとよかった。

 「何をそんなに難しいことを考えているんだ。私がそいつを婿にすればいいんじゃねえか」

 尊夏燐は笑いながら言った。

 「冗談はよせ。仮にも尊家の一人娘だぞ」

 「冗談じゃねえよ、兄貴。それだけの男なら、武人の家に相応しいだろ?」

 「馬鹿な、身分というものを考えろ。相手は単なる町医者、庶人だぞ」

 尊毅は助けを求めるように項史直を見た。

 「左様ですとも。夏燐様には然るべき殿方がおりましょう」

 「あーあ、嫌だ嫌だ。自分で嫁ぐ相手も決められないなんてな」

 尊夏燐は杯を伏せて、怒ったように立ち上がった。

 「夏燐!」

 「涼んでくるだけだよ」

 尊夏燐は足音を立てて出て行った。尊毅は深くため息をついた。

 「じゃじゃ馬なところは昔から変わりませんな」

 「全くだ。あれに相応しい男を見つけるのは大変だぞ」

 当てはあるのか、と尊毅は項史直に訊ねた。仕える家の子女の結婚相手を探してくるのも家宰である項史直の仕事であった。

 「頭痛の種ですな。一層のこと、斎興様に嫁がせるというのも手ですが……」

 「半年後に離縁される未来しか見えないな」

 「ま、夏燐様のことは置くとして、劉六のことはお考え下さい。あの男を陣営に引き込めるかどうかで殿の未来が変わります」

 「それほどの男かね……」

 それほどの男でもあるまい、と尊毅はこの時は思っていた。


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