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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
403/961

泰平の階~83~

 激戦となった。三日間にわたる攻防戦により、栄倉へと続く山道はいずれも大量の血と将兵の亡骸で埋め尽くされていた。果てのない地獄のような戦闘が永劫に続くのかと両軍の将兵が倦み始めた頃、新莽は大きな楔を打ち付けた。

 「何をしている!もはや栄倉はすぐそこではないか!この後の及んで怯むとは、武人の矜持を持ち合わせていない奴らだ!一番乗りの手柄は欲しくないのか!」

 最も激戦が行われた真ん中の道に新莽が乗り込み、将兵を叱咤したことで状況が変わった。新莽自身、剣を抜いて突撃しようとしたので、多くの将兵が遅れまいとして後の続いた。

 敵の防備を勢いをもってして破ったと言ってよかった。それまでの苦戦が嘘のような簡潔さで関所を突破し、新莽を先頭にした一団が山道を一気に駆け下っていった。これにより他の山道を守る条高軍も総崩れとなり、他の新莽軍は遅れんとばかりに栄倉に殺到していった。

 そこからはもはや一方的な戦闘となった。拠って守る拠点を失った条高軍は組織的な抵抗ができず、蹴散らされていくだけであった。また勢いをもった新毛軍の将兵は、暴行や略奪の矛先を兵士だけではなく栄倉の住民にも向けることになり、至る所で蛮行が行われた。只管に栄倉宮を目指していた新莽は、その事態について手を打つことをしなかった。そのため蛮行を黙認したという汚名を新莽は被ることになり、彼のその後に少なからず影響を与えることになった。


 新莽軍が栄倉に殺到したことにより、栄倉宮に騒がしくなった。ここが最後の砦となる以上、条高と命運を共にしようとする武人達が集まっていた。

 「ここが死所となるか……」

 自らも鎧姿となった円洞は、すでに覚悟を決めていた。栄倉宮で条国という国家と命運を共にする。条家の家宰として生きてきた自分が負うべき運命なのだと思うようにしていた。

 『すでに完も逝ったようだ。私も遠からず……』

 子息の円完は、山道の関所で防衛の指揮を執っていた。その関所が敵に突破され、栄倉宮に戻ってきていないということは、戦場で命を散らしたのだろう。無念に思いながらも、円完が先だって円家の責務を果たしてくれたことを嬉しくも思った。

 円洞は、円家の家に生まれ、父の跡を継いで条家の家宰となった。条国の影の支配者と揶揄され、実際そのような存在として長年に渡り条国の社稷に関わりを持ってきた。その立場を利用して私腹を肥やし、おそらくは条高と引けを取らない生活を送ることができた。だからこそ、条国が、条家が滅びようとしている今、円家も滅びるべきなのだろう。逃げ出す、降伏するという選択肢は最初から存在していなかった。

 「主上」

 円洞は条高にいる奥の間に入った。条高は鎧を着ていなかった。しかし、太刀を傍に引き寄せていた。

 「敵はどこまで来ておるのだろうか?」

 やはり条高はひどく落ち着いていた。

 「まだ山道近辺におります」

 本当は随分と栄倉の中に入り込まれていたのだが、円洞はつかないくてもいい嘘を言ってしまった。

 「そうか……」

 条高が気の抜けた返事をすると、急に外が騒がしくなった。まさか敵か、と思って立ち上がると、鎧姿の条守全が衛兵の制止を振り切って現れたのである。

 「主上、ご無沙汰しておりました」

 条守全は膝をつくと、恭しく頭を垂れた。

 「おお、丞相。まだ余のことを主上と呼んでくれるか」

 条高はとても嬉しそうに手を打った。

 「はっ。我が娘婿が大罪を犯し、元来であるならば死んで詫びることでしたが、同じ死ぬにしても主上のために戦場でと思っておりました。そして、不運な形ではございますが、今がその時と思い、馳せ参じ次第でございます」

 「円洞といい、条守全といい。余は良き家臣にも恵まれた」

 条高は太刀を手にして歩き出した。条守全の前に座ると、太刀を差し出した。

 「泉下に旅立つ者同士、してやれることは少ない。せめてこの太刀を褒美として、余の準備が整うまでの時間を稼いで欲しい」

 「主上……おさらばでございます」

 条守全は太刀を押し頂いて拝すると、そのまま立ち去って行った。条高は条守全のことを見えなくなるまで見送っていた。

 「さて、蝶夜をこれへ」

 条守全の姿が完全に見えなくなると、条高は愛妾を呼びにやらせた。しばらくして蝶夜が姿を見せた。彼女もまたひどく落ち着ていた。

 「蝶夜よ。そなたはこれより南方へ落ち延び、諏益を頼れ。あそこには我が子の条行もいる。粗略にはすまい」

 条高には条行という子がいた。今は条家の忠臣である諏益の下で撫育させていた。

 「いやでございます、主上。私も主上のお供をさせてくださいませ」

 「嬉しいことを言ってくれる。しかし、死の際に女を道連れにしたと知れたら、余は世間の笑いものとなろう。聞き分けてくれ」

 しなだれる蝶夜を少しだけ抱きしめた条高は、未練を見せずに引き離した。

 「頼むぞ。遅れては栄倉から脱出できまい」

 条高は選りすぐりの家臣に蝶夜を託すと、急き立てるように出発させた。蝶夜は、見えなくなるまで条高に視線を送っていた。

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