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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
402/959

泰平の階~82~

 新莽軍の蜂起と破竹の快進撃は、さらに栄倉を混乱の坩堝に叩きこんだ。栄倉の住民達は、間もなく栄倉の街並みが戦火に巻き込まれると知り、右往左往するだけであった。栄倉は山系に囲まれた盆地にあり、唯一の脱出口である七つの山道の先には新莽軍が待ち構えている。逃げ出すことは不可能であった。

 「まだ栄倉には天然の要害がある。七つの山道を守れば、敵は栄倉には入ってこれないぞ」

 円洞はそのような布告を出して住民を安堵させたが、どれほど効果があるかは疑問であった。

 『そもそも我らに戦力はない……』

 意気揚々を迎撃するために息子である円完を出撃させたが、円完は無様なまでに敗戦し、栄倉に逃げ帰ってきた。この時、戦力は二千名近くまで減らされていた。それに対して勝利したことで新莽軍は戦力を増やしているだろう。

 「七つの山道に兵を配して敵を迎え撃て。狭い山道では守る我らの方が有利だ」

 戦術通りにはまさにその通りであった。謂わば、栄倉そのものを巨大な要塞に見立て、これに籠城するしかなかった。その間に、条高に心を寄せる諸侯の援軍を待つよりほかなかった。

 『それでも実にか細い戦術だ。転げ落ちるのは早いものだ』

 つい数か月前、栄倉はまだ静謐の中にあった。各地で起こる反乱は、遠い地方での出来事に過ぎず、栄倉が敵に包囲されることなど誰が考えただろうか。いや、遠い出来事と考えていたことが、今の状況を生んだとも言えなくもなかった。

 「新莽めが迫っておりますが、山道で防ぎきります。主上に置かれましては、心安らかにお過ごしください」

 条高に謁した円洞は、そう言う他になかった。詳細な戦況を説明したところで、この男が明確な指示を出せるとは思えなかった。

 「そうか」

 条高は淡々としていた。それにしても条高という男は分からない君主であった。この状況になってもっと慌てふためくと思っていたが、ひどく落ち着き泰然としていた。

 『あるいは諦めているのか……』

 それはそれで円洞としても余計な事を言われないで済むのでありがたかった。

 「尊毅は分からぬが、新莽が牙を剥いたのは余のせいであろう」

 新莽は妙に素直であった。しかし、自らの非を認めているというのではなく、原因と結果を冷静に分析しているようであった。

 「主上にそのことがお分かりであるならば、主上の御心次第で新莽の目を覚まさせることもできましょうが……」

 要するに条高が自らの非を認め、新莽に詫びれば、少なくとも新莽は矛を収めるかもしれない。だが、それは同時に、条公としての権威を貶めることでもあった。

 「それはできぬな。君主が臣下に詫びるなど、聞いたことがない。それに余とて武人だ。臣下に叛かれて、それを許すなど武人の矜持として許すことができない」

 そうではないか、と条高は問うた。

 『主上のそれほどの矜持があり、絵など描いていないでそれを表にしていれば……』

 尊毅も新莽も反旗を翻すことはなかったのではないか。円洞はそう思いながらも、完全に後の祭りであることを悔いるしかなかった。

 「ひとまずは我が子が前線で指揮を執り、山道で迎撃しております」

 「ふむ」

 条高は短く言って、大きな欠伸をした。せめて前線で戦い将兵を思いやり、激励する言葉ぐらい言えないのか。やはりこの男を買い被りすぎていたのではないか。これも今となっては後の祭りだと思い、円洞は諦めて引き下がることにした。


 戦況は一進一退となっていた。どの山道でも新莽軍が関所を占領すれば、すぐさま円完軍がこれを奪還するという状況が繰り返されていた。

 この間、新莽は山道の麓で陣を張り、悠然と構えていた。周囲には、

 「焦ることはない。いずれ斎興様の軍が到来する。そうなれば我らの勝ちは揺ぎ無い」

 と言って、大将として余裕を見せていたが、内心は焦っていた。

 『我が軍だけで陥落させたい』

 おそらくは新莽軍の勝ちは揺るぎようがない。斎興軍が援軍としてくれば、なおのこと勝利は確実なものとなる。しかし、そうなると欲が出てきた。栄倉陥落という功績を我が手のものだけにしかたかった。

 それだけではない。もし斎興軍が到来して栄倉を落とすようなことになれば、一時的ながらも栄倉を支配するのは斎興となる。そうなると蝶夜を探し出し、自分の掌中に戻すという作業もままならなくなってしまう。自分が大将であるうちに栄倉を落としてみせねばならなかった。

 栄倉攻略を開始して三日過ぎようとしていた。状況はあまり変わらずにいた。流石に新莽も焦れた様子を隠さなくなってきた。

 「情けない話だ!ここまできて栄倉に弓引くことを躊躇う奴らがいるとは。武人であるならば、手向かいした以上、全力をもって成すべきであろう!」

 こういう時、激昂して軍を鼓舞してくれるのが魏介であった。

 「魏介の言こそ我が言である。条公のことをおもんばかっていたが、それこそ武人として失礼というものであろう。もはやここで構えているのはやめた。我も剣をもって進む!」

 全軍続け、と新莽は陣を出て山道のひとつを登り始めた。新莽軍の士気が上昇したのは言うまでもなかった。

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