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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
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泰平の階~80~

 尊毅、反する。

 これほど衝撃的な報せが栄倉に舞い込んできたのは、条国建国以来なかったであろう。

 尊毅は条国軍きっての勇将であり、条家の血筋を持つ名家である。しかも、尊毅は丞相である条守全の娘婿なのである。それが反したと言うのは、まさに前代未聞であった。

 栄倉宮は文字通り上へ下への大騒ぎであった。もたらされた情報の衝撃によるものでもあったが、今の栄倉宮に政治の担い手である丞相の条守全が不在が混乱に拍車をかけていた。

 実は条守全は、娘婿である尊毅が条高に反して斎治に味方したと聞いて、自害しようとした。そればかりはと家臣達に止められた条守全は、自らの邸宅の門扉に竹竿を打ち付けて、自発的に蟄居してしまったのである。条守全が不在となると、人々の耳目は円洞に寄せられた。

 「すでに多くの武人が栄倉に集まり、尊毅討つべしと申しております。速やかに軍を組織し、卑劣な逆臣を討ちましょう!」

 「いや、それよりも尊毅の領地を攻めましょう。栄倉が脱出した妻子もそこにおりましょう。無道者の妻子を血祭りにして、奸族討伐の贄としましょう!」

 円洞のもとに次々と武人達が集まり、口々に陳情してくる。あまりにも煩わしく、円洞は無言をつらぬことにした。

 『やっておられん!』

 貴様らの意見など求めておらん、と一喝したい心境であった。それほど今の円洞には余裕がなく、早々に蟄居を決め込んだ条守全を恨みたくなった。

 円洞は栄倉宮に奥に通り、条高に目通りした。栄倉宮に奥より表に出ることのない条高は、事の重大さをあまり理解していないのか、普段と変わらぬ様子で絵を描いていた。

 「尊毅と佐導甫が反したようだな」

 条高が他人事のように言った。

 「はっ。天をも恐れぬ所業です。断じて許されることではありません」

 「では、何をしておる。さっさと討伐軍を組織し、尊毅を討てばよいではないか?」

 条高は至極簡単に言うが、円洞からすると、それこそが難しいのだ、と思っていた。

 尊毅は条国軍の中でも部類の戦上手である。尊毅自身の作戦指揮はそつがなく、妹の尊夏燐は女性ながら敵を震え上がらせる猛将であった。何よりも血筋も良く、今でこそ条高に心寄せている武人達も、尊毅を目の前にすれば彼の軍門に降る可能性も否定できなかった。

 「畏れながら、尊毅に匹敵するだけの将を選ぶのに苦労しております。今しばらくお待ちください……」

 「新莽がおろう。軟禁していた屋敷から逃げ出したらしいが、捜して大将に任じろ。罪を許すと布告すれば出てくるだろう」

 「流石にそれは……」

 無理であろう。新莽の処罰を決定したのは他ならぬ条高ではないか。槍置での敗戦を機に、愛妾である蝶夜を取り戻し、珍しい染料の出る鉱山を手中にしたがために、新莽を罰し、領地を召し上げたのではないか。いくらなんでもそのような仕打ちをされて、新莽が野から出てくるとは思えなかった。

 『寧ろ、新莽も危険だ』

 この混乱を利用して新莽も蜂起するかもしれない。対処すべき問題が多い一方で、これらの問題を解決する有効な手段は極めて少ないように思われた。

 「ふむ……。丞相も自ら蟄居している。無用なことであるのに」

 条高は丁寧に筆を置くと、女官に絵を片付けさせた。

 「鎧の用意を」

 条高はまるで茶を所望するように言った。

 「主上、何を?」

 「誰も出ぬのであれば、余自らが尊毅を討伐せねばなるまい」

 「畏れながら、主上の玉体を危険に晒すわけには参りません」

 冗談ではない。円洞は叱りつけるように叫びたかった。栄倉宮の奥で絵ばかりを描いてきた条高が戦の指揮などできるはずもあるまい。それにもし条高が戦場で倒れる様なことがあれば、その瞬間に条国は終わる。

 「では、誰が行くのか?」

 「僭越ながら、私が……」

 「ふふ、円洞は軍を指揮したことあるまい」

 自分の軍を率いたこともないのに、条高は円洞をからかった。円洞は多少のいらつきを感じながらも、不肖の身ながら、と自らが出陣する意思を捨てなかった。

 「ならば円洞を征討将軍に任じよう。速やかに出撃し、逆臣を討て」

 家宰でありながら将軍となり得た例は、条国はおろか中原のあらゆる国でもなかっただろう。本来ではあるならば有史にない大出世なのだが、円洞は何一つとして嬉しくなかった。ここでしくじれば、円洞だけではなく、条国そのものが滅びるのだ。

 『一国の命運を握るか。それも悪くあるまい』

 やるのならば会戦で堂々と尊毅と戦ってみせる。意気込んで見せた円洞であったが、さらなる凶報がもたらされた。円洞が懸念していたとおり、新莽が兵を挙げたのである。勿論、進軍する先は栄倉であるのは間違いなかった。

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