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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
399/959

泰平の階~79~

 慶師陥落の報を聞いて進軍速度を速めた斎治は、近甲藩の藩都大甲で尊毅と佐導甫の出迎えを受けた。すでに佐導甫とは面識があったが、斎治が尊毅を見るのはこれが初めてであった。

 『これが尊毅か?』

 尊毅についての情報は多少仕入れていた。系譜を辿ると条家に行きつき、条国でも名家で知られ、武勇の誉れも高い。武人からの人気が高いというのも、佐導甫ほどの人物が身を委ねたというところから理解できた。しかし、斎治が尊毅について最初の感じたのは、

 『随分と小柄な男だ』

 という印象であった。少年のようだ、とも思った。年齢的には斎興とそれほど変わらぬと聞かされていたが、やや幼いように斎治の目には映った。当然ながらこの時、斎治は尊毅の野望の大きさを知り得なかったし、尊毅もまた、斎治という君主が単なるお飾りに成り下がらないという意志の強さに気が付いていなかった。

 「主上、お待ちしておりました。これよりは私、尊毅と佐導甫が慶師まで扇動致します」

 尊毅は、斎治が乗る馬車に近づくと、恭しく叩頭して慇懃に言上した。

 「大義である。恙無く案内せよ」

 と言ったのは、同乗する費俊であった。軽々しい発言は控えるように言われたので、費俊が代弁するようになったのだが、せめて佐導甫には直々に言葉をかけてやりたかった。

 その日の夜、宿営地に到着すると、斎治は尊毅と佐導甫を召した。そこでようやく、二人を真正面から見ることができ、直接声をかけることができた。

 「改めて両名とも、この度のこと大義に思う。これからも余と社稷のために励んでほしい」

 「はっ」

 「特に佐導甫は、余が哭島に送られる時、よく面倒をみてくれた。あれがあったからこそ、哭島での日々に耐えられたといっても過言ではない。礼を言う。そしてこれからも頼む」

 「勿体なき、お言葉でございます。この佐導甫、主上のためにこれからも粉骨砕身、お仕えする所存であります」

 斎治は大きく頷いた。斎治の本心からすると、尊毅よりも佐導甫が味方になってくれた方が嬉しかった。しかし、実質的には尊毅が条高を裏切ったからこそ佐導甫の付き従ったのだ。尊毅の功績も称えねばならなかった。

 「そして尊毅。条家の系列であるそなたが余に与力してくれるのは非常に心強い。佐導甫と力を合わせ、忠勤に励んで欲しい」

 どうしても佐導甫ほど感情的な言葉が出てこなかった。それでも尊毅は感じ入るものがあるのか、やや瞳を潤ませながら御意に御座います、と力強く述べた。

 

 型通りのやり取りが終わるとそのまま酒宴となった。斎治自らが瓶を取り、尊毅と佐導甫に酒を注ぎ、尊毅や佐導甫が語る戦場での武勇伝に熱心に耳を傾けていた。

 『少年のように純粋なお方だ』

 斎治の人柄に触れた上での第一印象はそのようなものであった。尊毅としては、斎治が尊大な人物であったり、狡知な君主であったならば、早々に見切りをつけてやろうと思っていたのだが、この時の斎治には真水のような純度しか感じられなかった。

 『これならばお仕えしても、諸侯も安心しておられるだろう』

 ひとまず安堵した尊毅は遠慮なく杯の酒を干した。

 「これは良き飲みっぷり。どれ、ここはひとつ、私にも注がせていただきましょうか」

 瓶を手にした男が座った。その動作は実に優雅で、無駄なものがなにひとつなかった。

 「費俊様。光栄でございます」

 内心、辞を低くしながらも、

 『こいつが費俊か……』

 油断ならぬ男だ、と尊毅は密かに警戒心を持った。費俊については様々な情報を得ている。斎治の股肱之臣であり、兄の費資はこの動乱の先駆けとなったし、費俊の活躍がなければ斎治が慶師に戻ることはなかっただろう。北定と並んで、功績は第一等といって差し支えなかった。

 「尊毅殿のご活躍、期待しておりますぞ。なにしろ、まだ条高は健在なのですから」

 費俊の方も、尊毅のことを警戒しているのではないか。そう思わせるほど、費俊の眼差しには相手を射竦める真剣さがあった。

 「勿論でございます。正直なところ、条高は旧主であり、血族者でもあります。それを討つのは心苦しいものですが、この国をあるべき姿に戻すには、成さねばならぬことであると考えております」

 尊毅はあえてきわどいことを言ってみた。その反応で費俊という男の器量が知れると思ったのだ。

 「それはそうでありましょう。私には貴殿の心痛は分からぬが、共に主上の御代のために尽くそうではないか」

 費俊は穏やかに微笑した。尊毅はどうにも手ごわい相手になりそうだと予感していた。

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