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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
398/962

泰平の階~78~

 「慶師が陥落しただと!」

 尊毅の使者から報告を得た斎治は声をあげて歓喜を爆発させた。

 「はい。我が尊毅軍と佐導甫軍が探題の安平を討ち、慶師を主上のために奪還いたしました」

 尊毅の使者である項史直が恭しく言上した。

 「ふむふむ」

 斎治は身を乗り出さんばかりに項史直の言葉を聞いていた。その姿を見ていた費俊は、斎治に気持ちは分からないでもなかったが、軽々しさを感じていた。

 『主上がこれより治天の君となられるのだ。軽率な行動は慎んでいただかなければ』

 君主というものは重々しく、項史直如き陪審に直答してはならないのだ。費俊は斎治がさらに声を発しようとしたので、それを抑えるようにして口を開いた。

 「項史直とやら、ご苦労であった。速やかに尊毅のもとに戻り、主上をお迎えする準備を致すように。仔細は尊毅より直々に聞くであろう」

 項史直は、わずかに費俊の方を見ただけで、承知しました、と頭を低くした。

 項史直が去ると、斎治は不満そうな顔を費俊に向けた。

 「費俊よ。余は今少し、慶師が奪還される様子を聞きたかったのだが……」

 「主上。項史直は尊毅の臣です。言わば陪臣です。軽々しく直に拝するわけにはいきません」

 費俊は先程思っていたことを述べた。費俊の正面に座る北定もしきりに頷いた。

 『主上は貴人としての振る舞いをお忘れになっている』

 斎治は、というよりも斎公という地位そのものが、国権の頂点から遠のいて久しい。治天の君としての立ち居振る舞いや言動が身になっていないのは無理もなかった。しかし、これよりはそうもいかないのだ。

 「しかし……」

 「戦の詳細がお知りになりたければ、尊毅よりお聞きください。それよりも今は慶師に急ぎましょう」

 「ふむ……」

 斎治は残念そうにしながも、渋々と言った表情で頷いた。


 費俊と北定は、一緒になって斎治のもとを退いた。

 「先程の言、なかなかのものであった」

 後を行く北定が声をかけてきた。費俊の足は自然と止まり、振り向いた。

 「北定様」

 「お前には粗忽なところがあると思っていたが、苦労が人を成長させるらしい。随分と性格的に厚みがでてきたようだ」

 「そのような……お褒めに預かり光栄ですが、あまりおだてないください」

 費俊は北定のことをあまり好ましく思っていなかった。それが随分と氷解し、多少なりとも敬慕するようになってきていたので、褒められてやや照れくさかった。

 「いやいや、本心だ。私はこのところ、主上が国主となられた暁の政体について考えていた」

 費俊はどきりとした。そのような先のことなど、費俊は少しも考えていなかった。

 『私はこの人には及ばない』

 やはり北定は一枚も二枚も上手である。費俊は気持ちを落とした。

 「詳細は主上と諮らねばならないが、相を置くとすれば、お前を据えるべきだと思っている」

 「北定様。それはなりませぬ。丞相は北定こそ相応しい」

 これは費俊の本心であった。国家の要となるのは、北定において他ならない。知恵も経験も、未だ北定に及ばないのは、ここ数年のことを思えば明らかであった。

 「まだ条高を倒していないのに、先走った議論であったかな。しかし、慶師に入れる以上、形式的には国家としての態勢を整えておくべきだろう」

 「なればこそ……」

 「勿論、私も何かしらの形で参与するつもりでいる。しかし、主上より年長の私が相を務めると、主上もやりにくいであろうし、私自身、相の職務に耐えられるほど若くはない」

 そう言っても、北定はまだ五十歳手前ではなかったか。ひょっとすれば、どこか体の具合が良くないのだろうか。

 「いや、つい先程までは私が相でなくてはならぬ、と思っていたのだが、お前はしっかりと主上をお諫め申し上げた。その内容も実に正鵠を射ていた。相として十分にやっていけるだろう」

 自信を持て、と北定は費俊の肩を叩いた。

 「お前の肩には兄である費資もいるのだ。兄が果たし得なかったことをお前が果たしてやれ」

 北定は数度肩を叩くと、費俊の追い越して先を行き始めた。その背中が随分と小さく見えた。

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