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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
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泰平の階~77~

 安平率いる探題軍は、慶師に籠ることなく、その近郊に陣取って尊毅軍を迎え撃とうとしていた。尊毅軍の先陣を行く烏道は、にわかに動揺した。

 『義父上と真正面から戦うのか……』

 尊毅軍に加わってから、こうなるであろうことは予測していた。できることならば安平との直接的な対決は避けたいと思っていたのだが、それは許されないようであった。

 『尊毅はこうなることを知って私に先陣を命じたのだ』

 本当に義理の父と戦えるのか。尊毅が烏道を先陣にしたのは、まさにそのことを試すためであった。

 「尊毅は私を試しているのだ」

 烏道として極めて不愉快であった。どうしてここまで尊毅の風下に立たなければならないのか。この瞬間、烏道の心を揺れていた。もし、安平に偽って尊毅に降ったのだと言って、軍を南に転進すればどうなるのか。その蠱惑な誘惑が烏道の全身を支配しようとしていた。しかし、副官からもたらされた報告が烏道を誘惑から断ち切った。

 「尊夏燐様の部隊が北上しています」

 監視に来たのだ、烏道は肝を冷やした。尊夏燐は尊毅の妹で、勇猛と言うよりも粗暴として知られている。こちらが少しでも怪しい行動をすれば、問答無用ですぐさま攻め込んでくるだろう。尊夏燐軍の破壊力を後背から受ける勇気を、この時の烏道は持ち合わせていなかった。

 「軍を前進させろ!慶師を我が手で陥落させる!」

 烏道は義父との決戦の道を選んだ。


 慶師の南方に河川が流れている。川底は浅いが川幅はあり、烏道軍が慶師に突入するにはこの河川を渡河しなければならない。慶師を守る安平は、河川の対岸に陣を敷いた。渡河最中の烏道軍を討つための布陣である。

 「嫌な布陣だ……」

 河川は橋をかけずとも渡河することができるほどの川底である。しかし、川底の砂利が歩き辛く、徒歩はもちろん騎馬ならなおのこと進軍が困難になる。

 「浮舟でも架けましょうか?」

 副官はそう進言するが、そのような時間と余裕があるわけではなかった。すでに烏道軍の背後にはぴったりと尊夏燐軍が張り付いており、今すぐにでも渡河しろと脅しているようであった。

 「いや、この川底なら座礁してしまうし、運んで来るまでに攻撃を受ける。それにそんな時間を与えられているわけではない」

 渡河をするぞ、と烏道は自ら馬に乗って駆け出した。

 その烏道軍の動きを対岸で見ていた安平は、やや唖然とした。

 『婿殿は戦の仕方を知らんらしい』

 敵になったといえ、娘婿を憐れんだ安平は、一瞬の迷いが生じたものの、非情な命令を下さなければならなかった。

 「矢を射掛けろ!賊徒をこちら側に登らせるな!」

 矢の雨が渡河をする烏道軍に降り注いできた。それを覚悟していた烏道軍の将兵は、木製の盾で矢を防ぎながら徐々に前進した。

 『引いてくれ!婿殿……』

 安平はこの期に及んでもなお、烏道のことを気にかけていた。そのことが命取りとなった。引くどころか、前進をやめない烏道軍の先陣が犠牲を出しながらも渡河を完了しようとしていた。矢を射掛けて怯ませて退却させようと考えていた安平は、対応に遅れた。

 「いかん!迎え撃て!」

 安平は矢による攻撃をやめさせ、迎撃を命じた。

 渡河をし終えた烏道軍は勢いづいた。矢による攻撃が止むと、後陣の渡河も順調に進み、慶師側の河川敷では凄惨な白兵戦が繰り広げられていた。

 「どれ、烏道君は期待通りに活躍してくれた。ちょっと手伝ってやるか」

 その光景を見ていた尊夏燐は、烏道軍優勢と判断すると、自軍の突撃を命じた。

 もはや遮る者のない河川を迂回するように渡河した尊夏燐軍は、安平軍の後背に回り込もうとした。

 「別動隊がいたのか!」

 目の前の敵に集中し過ぎた安平は、完全に尊夏燐軍の動きを見落としていた。このままでは背後を遮断されるか、慶師そのものを取られてしまう。安平がどうすべきか迷っている最中であった。飛来した敵の一矢が安平の右目を貫いた。

 「う、うぬうう」

 呻き声をあげて落馬した安平に烏道軍の将兵が殺到した。無数の剣先が安平の体を貫き、最後には首を斬られた。

 実はその光景を烏道は間近で見ていた。烏道はわずかに落涙しただけで、引き続き戦闘を続けなければならなかった。

 安平の死で安平軍は壊滅し、多くの将兵が最後の抵抗を試みるべく、慶師へと退却していった。しかし、大将を失っては慶師を守り抜くことができず、この三日後に慶師は陥落した。

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