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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
396/961

泰平の階~76~

 時代が沸騰し、新しい潮流が変化しつつあることは誰の目にも明らかになってきている。その潮流に乗り遅れた男がいた。烏林藩の烏道である。本来であるならば、彼はその潮流の最先端にいるはずであった。もし、費資からの勧誘に素直に応じ、斎治を擁して決起していれば、斎治の綸旨をもって諸侯を支配下におさめているのは烏道のはずであった。しかし、優柔不断な烏林は、逆に費資を売るような真似をし、それ以後、斎治陣営に近づけずにいた。そして気が付いた時には、自分とは別の男が斎治の綸旨をもって烏林を攻めようとしていた。

 烏林に残された選択肢は二つしかない。尊毅に屈するか、抗戦するか。どちらかしかない、今更自分が尊毅のいる立場に立てるはずもなかった。

 「どうすべきか……」

 烏道という男は自分で重大事項を判断できぬ男であった。前回は判断付きかね挙句、北定を頼った。だが、今は頼るべき相手はおらず、諮るべき有能な家臣も見当たらなかった。

 判断を下せぬ烏道の下に凶報ばかりがもたらされてくる。

 「すでに尊毅軍は我が領内に入り、真っすぐに烏亭を目指しております」

 「藩民達は斎公の軍であると知ると、こぞって食料などを差し出し、従軍を希望する若者もいるようです」

 家臣達は報告をするだけであり、有益な助言などしなかった。

 すでに尊毅が率いる軍勢は五千名を超えているという。対して烏道が動員できる戦力は千名にも満たない。慶師にいる義父に助けを求めることもできるが、安平は安平で赤崔心に手を焼いている。こちらを助ける余力などあるとも思えなかった。

 『やむを得ないか……』

 烏道はようやく決断した。

 「尊毅殿に使者を。斎公にお味方をする」

 

 烏林藩の藩都烏亭を目前にして烏道からの使者がやってきた。斎公に味方するというものであった。

 「どうやら佐導甫殿の考え通りになりましたな」

 「まさかこうも簡単に靡くとは思いませんでした。烏道とはその程度の人物です」

 佐導甫の烏道に対する評価は辛かった。その評価に尊毅としての異存はなかった。

 「烏道殿がぜひとも殿にお会いしたいと申しておりますが?」

 烏道の使者と対面した副官がそう報告した。

 「会うに及ばず。すみやかに軍を発し、慶師への道案内をすべし」

 尊毅は冷酷に言い放った。烏道の覚悟が本物であるかどうか、義父である安平と対峙させることで試すことにした。


 慶師の安平は窮地に立たされていた。

 赤崔心の活動を抑え込むことに成功しつつあり、そこへ栄倉が尊毅軍が援軍としてやってくると聞いて、今度こそ赤崔心を捕らえて、首を刎ねることができると確信していた。その矢先、尊毅が佐導甫と示し合わせて造反し、諸侯から兵を募っているという情報得たのである。

 「おのれ!尊毅!獅子身中の虫とはまさしく奴のことだ!破廉恥な卑怯者め!」

 安平は言葉の限りの雑言をもって尊毅を批判したが、実際には随分と肝を冷やしていた。

 『今のままではとても勝てぬ』

 安平は、条国軍なのかでも尊毅、新莽と並んで勇猛で優秀な武人であった。それだけに自分を待ち受けているであろう末路について正確に予測することができた。

 『ここはまた婿殿の力を借りるしかない』

 これまで安平は、赤崔心討伐に烏道の力を借りてきた。烏道は兵を出して、慶師を伺う赤崔心の背後を度々脅かしてくれた。今回も烏道が兵を出せば、慶師へと進軍する尊毅軍の側面を襲撃することができる。安平はすぐに烏道に援軍の使者を出した。それから間もなく、今度は烏道が尊毅軍の先駆けとして慶師に向かって進軍しているという情報が舞い込んできたのである。

 「馬鹿な!」

 安平は最初、認めようとはしなかった。認められるはずもなかった。共に条高に仕える武人であり、身内なのである。烏道は君主を裏切っただけではなく、義理の父である身内すらも裏切ったのである。

 「なんたることだ!鬼畜にも劣る所業だ!」

 どれほど罵っても安平の怒りは収まらなかった。

 「こうなれば我が手によって烏道を殺してくれる!そうしなければ腹の虫が収まらん!」

 この怒りは安平だけではなく、彼の配下達も同様であった。安平配下の将兵達はいずれも安平のことを心酔しており、彼と運命を共にする覚悟を持っていた。

 お誂え向きに烏道が先陣になって進軍している。安平は勢い勇んで出撃した。

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