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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
393/958

泰平の階~73~

 斎興と対面した斎治は、槍置の山城に案内された。斎興は輿を用意すると言ったが、

 「これでも慶師を出て以来、逃げに逃げ続けているからな。健脚になっておるよ」

 斎治はそう言って自分の足で休むことなく山道を登り切った。

 「父上は逞しくなられました」

 「ふふ、お前もな。知勇兼備の将となった。軍事については任せておける」

 「そのことですが……」

 実は恐るべき智謀を持った男がいる。斎興はそう言いかけて口を噤んだ。言ってしまえば、それまで劉六が頑なに自分に功績を譲ってきた意義が失われてしまう。 

 「どうかしたか?」

 「いえ、軍議の場で申し上げます。今後のついてです」

 斎興は素知らぬ顔でごまかした。

 山城に辿り着くと、早速軍議となり、斎興は今度の戦略について披露した。劉六が助言したように斎治が慶師へ向かい、斎興が栄倉を攻めることを主張した。但し、戦後の論功行賞や主導権争いについては黙っていた。劉六からくれぐれも口にしないようにと釘を刺されていた。

 「興はそう申しておるが、その方達はどうだ?」

 一通り聞き終えた斎治は、費俊と北定に意見を求めた。

 「よろしいかと思います。主上が発せられた綸旨で各諸侯が集まれば、二方面作戦をしても対応できるかと思います」

 費俊の言葉に北定が頷いた。斎治の傍にいた彼らからすると、当然ながら栄倉の方が慶師よりも陥落させるのが困難であると考えているだろう。厄介な方を自分に任せてしまおうとしているのではないか、と斎興は邪推した。

 『劉六が言っていた戦後の主導権争いというものも考えておいた方がいいらしい』

 斎治を中心とした新政というものを実現させるためには、家臣が大きな功績を立てて過分な報奨と地位を得るわけにはいかない。もし、斎興が栄倉を攻めあぐねた時、彼らはそれを瑕疵として斎興を責任を負わすかもしれない。


 軍議終了後、斎興は私室に結十を呼んだ

 「軍議はいかがでしたか。董阮と劉六も呼びましょうか」

 「いや、お前だけに話がある」

 と言って斎興は、先程の軍議で感じた懸念を結十に伝えた。表情ひとつ変えずに聞いていた。

 「そこでお前には主上に同行してもらいたい。軍事のこととなれば、劉六がおれば十分であろう。お前は主上の身辺を警戒してもらいたい」

 「承知はしましたが、あまり疑心暗鬼になられるのはよくありません」

 「俺もそう思っている。しかし、甘い考えでいると足元をすくわれる。すくわれてからでは遅いのだ」

 「それをいうのであれば、劉六の処遇についてもです」

 「劉六の処遇?何か不満を申していたか?」

 斎興は意外そうな顔をした。自らの功績を誇らず、すべて斎興のものとしている劉六であったが、実は不満を抱いているのだろうか。

 「いえ、そうではありません。劉六という男は根っから功名心というものがないのでしょう。それだけに厄介です。もし我らに愛想を尽かせば、躊躇うことなく出ていくでしょう」

 それは困る、と斎興は思った。劉六の頭脳は栄倉を陥落させるには必要不可欠である。もし失うことがあれば、斎興は栄倉の門前で踏みとどまらなければならないだろう。

 「もし劉六という逸材がお傍にあることを知れば、引き離そうとする者もおられるでしょう。お気を付けください」

 「劉六の機嫌を損なわすな、ということか。それは条高を打倒してからも言えることだな」

 「左様です」

 「やれやれ。まだ条高を倒したわけではないのに、その先のことも考えなければならないのか」

 「それが上に立つ者というものです」

 「上に立つ者か……」

 悪い言葉ではなかった。斎治の次の斎公は斎興なのである。そのためなら気苦労など安いものであった。

 「それにしても劉六という男はよく分からん。機嫌を損なうなと言っても、あれは何を考えているのか分からんぞ。功名心もなければ金銭欲もない。女色にも美食にも興味がなさそうだ」

 「私も彼のことはあまり理解できません。しかし、私心はありません。彼の言に耳を傾けておけばひとまず大丈夫でしょう」

 斎興も結十も劉六という男を理解できていなかった。劉六は自己を一個の道具のように思っており、道具としての機能を果たせばそれでよしという人格は余人には確かに理解できるものではなかった。

 

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