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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
392/962

泰平の階~72~

 斎治を迎える前夜。槍置の山城では斎興、結十、董阮、そして劉六の四人で今後について検討をしていた。斎治を迎えれば、当然今後の方針について諮問されるであろう。それを見越しての事前の打ち合わせであった。

 「まずは私の名前を秘してください。すべて斎興様のお力の結果となさってください」

 それは常に劉六が言っていることであった。劉六は自分の名前が軍略家として世に出ることを極端に嫌った。あくまでも自分は医者であるという姿勢を崩すことはなかった。

 「それは構わぬが、本当に欲のない男だ」

 「私の欲などよろしいのです。今は斎興には天下無双の英雄となっていただかなければならないのです」 

 「英雄か……」

 斎治は満更でもない様子であった。

 「それでこれからどうするかだ。明日には主上をお迎えして、今後の方針を話し合わなければならない。その前に劉六の意見を聞いておきたい」

 話題を変えたのは結十であった。明日の作戦会議には身分の低い劉六は参加できない。

 「斎興様が西部を、主上が和氏の力をもって南部を押さえました。しかし、この国の二大拠点である慶師と栄倉はまだ敵の掌中にあります。当然ながらこれらを解放しなければなりません」

 劉六は地図を広げて説明した。槍置という場所は、慶師に向かうにしても栄倉に向かにしてもほぼ同じぐらいの距離であった。

 「勢いがあるとはいえ、栄倉を陥落するにはまだ時間がかかるだろう。先に慶師を落として拠点とすべきではないか?」

 董阮の意見は至極尤もであった。しかし、劉六は違っていた。

 「戦乱はもう長くは続かないでしょう。あと二年もあれば終わります」

 劉六は事も無げに言った。これには斎興達も驚かされた。

 「これまでお前の神算には舌を巻いてきたが、それは少々楽観過ぎないか?」

 「お言葉ですが、斎興様。斎興様が千山に来られてまだ一年も経っていません。それにも関わらず、条国の西部を勢力下に置くことができました。そのようなことを、この国に戻られた時にお考えになりましたか?」

 劉六に言われて斎興ははっとさせられた。確かにその通りなのである。一年も経たぬうちに斎興の勢力はいつの間にか大きくなっていた。

 「それは劉六という不世出の軍師を得たからではないか?」

 斎興は冗談のつもりで言ったが、劉六は即座に否定した。

 「違います。これが時勢というものです。すでに時勢は条公から去りました。それを躊躇わず斎興様が掴んだからです」

 「時勢か」

 「まだまだ条公の勢力は巨大ではありましょう。しかし、それに対抗できる力を主上を得ております」

 「分かった。では、俺が時勢を逃がさないためにはどうすればいい?」

 「主上には慶師に向かっていただき、斎興様は栄倉へと進軍しましょう」

 劉六はまるで近場に散歩するような口調で言った。

 「我らで栄倉を落とそうというのか!」

 董阮の驚きは他の二人の驚きでもあった。

 「そうです」

 「そうです……って、何か作戦があるのか?」

 董阮に問いに間を置かず劉六は答えた。

 「いくつかありますが、まだそれは先のこととしましょう」

 「しかし、やはり栄倉よりも慶師を優先すべきではないか?」

 「斎興様。栄倉を陥落させるという最高の武勲をお立てください。戦乱が終わった後のためです」

 劉六以外の誰もが改めてはっとさせられた。もはや劉六は、戦後のことも見ていた。

 「戦後になると、報奨や地位を巡って争いが起きましょう。しかし、最大の殊勲者が主上の身内である斎興様であるならば、それらの文句を抑えることができます」

 それはまさに今の条国で発生している事象をそのまま言い当てていた。条高をはじめとする条国の首脳陣が、臣下となる諸侯達に思うような報奨を授けられなくなったから現在の状況があるのであり、同じことも斎治が国主となった時に起こり得るのであった。

 特にこれより先は条家について諸侯を取り込んでいかなければならない。当然彼らは過度な恩賞を求めてくるだろう。

 「論功行賞の際、斎興様がその最大の対象者であれば、いかなる結果となっても文句を言う者はいないでしょう。また諸侯を統制することを考えれば、斎興様が武人の頂きに立たれた方がよろしいでしょう。そのためにも斎興様には武勲を重ねていただかなければなりません」

 だからすべての手柄は斎興に帰されるべきだ、と劉六は言いたいのである。しばらく目を閉じて沈思していた斎興は、徐に眼を開いた。

 「劉六、よく分かった。お前の眼は、はるか彼方を見通しているようだ。その言に従うであろう」

 斎興はそう言いながらも、あまりにも先を見通す劉六に薄気味悪さも感じていた。

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