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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
391/958

泰平の階~71~

 船丘から州口に拠点を移した斎治は、槍置において斎興が条国軍相手に大勝したという報せを受けて無邪気な少年のように歓喜した。

 「やった!やったぞ!興が条国軍をやっつけたぞ!」

 斎興からの書状を握り締め、飛び上がるように喜びを全身で表現する斎治を見ていて、費俊も感無量となった。

 『ついにここまで来たか……』

 斎治が哭島を脱出したと聞いて急いで船丘に戻ってみると、和氏の庇護のもとで羊省を倒しており、一角の勢力を築いていた。それだけでも費俊としては僥倖であったのに、斎興が条国軍に大きなくさびを打ち込んだとなると、前途が大きく開けたと言っても過言ではなかった。

 『だが……』

 こういう時こそ浮かれてはならない。それが費俊が得てきた教訓であった。

 「主上、お喜びは尤もでございますが、ここは軽挙妄動をなさらないようにご自重ください」

 費俊は水を差すように言った。喜びを顕にしていた斎治は少々ばつの悪そうな顔をしながらも、書状を握り締めたまま座った。

 「では、費俊よ。これからどうすればよい。綸旨は書き飽きたぞ。州口ならば栄倉に近い。一気に栄倉を攻めてはどうか?」

 斎治の綸旨は、条国全土に行き渡っている。近隣の諸侯はそれに応じて州口に馳せ参じている。それらを糾合すれば、条公にとって侮れない存在になっているのは確かである。しかし、今ここで動くべきか、それとももっと時機を待つべきか、費俊も迷っていた。

 「主上。軍を動かすのはよろしいかと思いますが、その行き先は栄倉ではありません。衰えたとはいえ条高の勢力は侮れません。これを滅ぼすには四、五年、いやそれ以上はかかりましょう。事を急いてはなりません」

 費俊に代わって発言したのは北定であった。条高を滅ぼすには時間がかかるという北定の予測は大きく外れることになるが、この時期では当然の予測であった。

 「ふ、ふむ。そうだな」

 「ひとまずは斎興様と合流いたしましょう。そして慶師を取り戻さねばなりません」

 流石であると費俊は思った。北定はいつでも冷静であり、最適な選択肢を選んできた。今、示した提案も、無難ではあるが、無難であるからこそ相応しいものであった。

 『流石北定様だ』

 斎治は条高を打倒するために数々の困難に直面してきた。哭島に流刑となり、命運が尽きたかのように思われても、今日の状態にまで戻ってきたのは、間違いなく北定の力によるところが大きいだろう。費俊にとって北定は、兄を死に追いやった存在であった。そのことについて恨みがないと言えば嘘にはなる。しかし、北定には相手を追い落として自分の地位を求める様な私心がなく、すべては斎治の義挙を成功させるがためであった。だからこそ費俊は、北定と相争うことをしてこなかったし、時として彼の言に従ってきた。そして今になってようやく北定という男の大きさを認められるようになっていた。

 「主上、私も北定様と同意見でございます。腰を据えて戦うためにも、慶師の奪還こそ肝要と存じます」

 北定の意見に費俊が賛同すれば、斎治としても異存はなかった。

 「よし、和芳喜に軍の編成を命じよ。それと斎興に使者を出せ。然るべき場所で落ち合おうと」

 数日後、和芳喜を大将とした軍団が斎治を奉戴して出撃した。ひとまずは斎興が拠点として槍置に迎い、そこで合流することになった。


 斎治と斎興は、槍置の地にて対面を果たした。実に十年ぶり近くの再会であった。

 「主上、お待ちしておりました」

 「おお、斎興。大きくなった……」

 臣下のように拝跪している斎興に、斎治は身をかがめてその手を取った。留学という名目で界国にやって早十年。用心をして私信のやり取りすらしてこなかった息子が、体格的にも人格的にも大きくなっていることに斎治は無上の喜びを感じた。

 「苦労をかけたな、興よ」

 「いえ、すべては主上が再びこの国の国主とならんがためです。父の宿願を叶えるためには、艱難辛苦も喜んでお受けします」

 「うむ……」

 斎治は落涙した。斎興も瞳に涙をため、その場に居合わせた者達にも涙を禁じえなかった。

 「しかし、千山から始まって槍置での戦いを仄聞したが、見事と言わざるを得ない。武勇と知略を兼ね備えた良将と言っていいだろう」

 何行白軍と新莽軍への大勝は、すべて斎興の手柄となっていた。それらの戦略を立案したのは劉六は、斎治を迎えた兵士の中に紛れ、一兵卒のように拝跪していた。

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